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執筆者の写真yamashina shigeru

Well Doing

すごく抽象度の高いお話をする。

たぶん、数日後僕自身が読み返しても意味が分からなくなっている可能性は高い。


ど真ん中名刺づくりに入る前のダイアログ時間でのことだ。

相手は結構悩んでいる状態。


ど真ん中エディットワークの課題に取り組んでもらったのだが、血育ち教え、must、wants、座右の問い、の4つしか埋めることができなかったのだ。

 

最近、もうワークシートに書ききれないくらい真っ黒に記入された状態をよく目にしていたので、ぼくの感覚がマヒしていたのかもしれないが、普通は書けないものなのだろうか。

 

ただ、ひとつ問題があって。

なにかというと、自己紹介で自分のストーリーを語ってもらったのだが、そのストーリーはすばらしく、覚悟を決めて手に入れたい未来へ歩んでる素敵なものだった。

矛盾点もないストーリーなのだ。

 

にもかかわらず、ワークシートはほとんど記入できない。

本人も相当悩んでいる様子だった。

 

ここに、どんな問題が潜んでいるのだろう…。

 

対話では、改めて過去にさかのぼり、時系列でひとつひとつ聞いていく。



左のピラミッドの図にある通り、土台である自分の置かれている情況・あり方(Being)を理解して、だからこそ自分なりのDoingを始める。そして最終的なHavingを手に入れたいのだと、明快な物語が返ってくる。

「ふむふむ」

 

が、現状はどうか。

Doingを頑張ってみるが、なかなか結果がでない。

結果がでないだけではなく、現実的な新たな問題にも気づき始める。

この新たな問題を解決しようと、そのための新たなDoingを頑張る。

 

DoingのためのDoing。

恐れ、思考の癖。



もちろん結果はすぐにはでない。

Havingはどんどん遠ざかっているように感じる。

感じるだけで、実際はどうなのかは誰にも分からないことなのだが。

 

その状況から、改めて自分のBeing(must,needs,wants)を考えようとするも、何も答えが出てこない、言語化できない。

 

もう一度整理すると、


Being→Doing→Havingの物語にはどこも矛盾がないにも関わらず、このストーリーとちょっとずれた世界の中に、仮想のDoingを設定しているような状態。


しかも、その仮想Doingは、仮想世界のBeingから発生したDoingではなく、DoingのためのDoingでしかないということ。


そうなってしまうと、さっきまですごく立派なBeingを語れていたのに、瞬時に何も思い浮かばなくなっている状態。

 

これは、どうやって現実に戻してあげればいいのだろうか。





話はぶっ飛ぶのだが、


Well beingならぬ、Well Doing こそ、大切なのではないか。

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