たっしーへ。
閉ざされた現場に、もう一度光が当たるとき 友人がFC今治の視察に行くという話を聞き、岡田さんと田坂さんの対談を思い出した。 久しぶりに、田坂さんの講演動画を拝見した。 人は必ず死ぬ。 成功は約束されていないが、成長することはできる。 いつもながらの田坂節が、心に響く。 ただ昔と違い、人はもっと多様な存在だとも思うようになった。 成長することを否定するわけではない。 しかし、成長の優先順位が低い人もいる。 成長を望めない時期もある。 疲れや諦め、無力感の中で、成長や変化そのものに無関心になることもある。 ちょうど今朝の音読会のテーマともつながる。 現代文明は、人々が孤独に気づかないように、さまざまな鎮痛剤を提供する。(エーリッヒ・フロム) 痛み止めを打って無感覚になれば、他人にも、自分にも、無関心になっていく。 孤独とは、自分とつながれないこと。 自分を愛せないこと 。 そう思えてしまうのは、その人自身の問題だけではないのかもしれない。 これまで生きてきた環境かもしれないし、社会全体の影響かもしれない。 あるいは、偶然の重なりかもしれない。...
推譲とペイフォワード
土曜日の朝は、1週間の振り返りの音読会になる。 その中で「ペイフォワード」の話があり、ふと、二宮尊徳の「推譲」のことを思い出した。 ■ 推譲とは何か ― 自譲と他譲、そして循環という視点 まず、尊徳のいう「推譲」には、二つの側面がある。 ひとつは「自譲(じじょう)」、 もうひとつは「他譲(たじょう)」である。 自譲とは、自分の欲を抑え、生活の上限(分度)を守ることで、 未来のために備えをつくること。 他譲とは、その余剰を家族や地域、社会のために役立てていくことを指す。 つまり推譲とは、単に他人に与えることではなく、 自分の内側を整えること(自譲)と、外側へと価値を循環させること(他譲)を含んだ営みだ。 この考え方は、「ペイフォワード」と似ているようでいて、少し異なる。 ペイフォワードが、受け取った善意を次の誰かへ渡していく「行為の連鎖」であるのに対し、 推譲は、そもそも自分の取り分を定め、そこから生まれる余剰を未来や他者へ回していくという、 暮らしや経済そのものの設計に関わる思想である。 ■ 割合で考える一つのモデル たとえば、1か月の収入が2
プペル
映画『えんとつ町のプペル 約束の時計台』 本『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』 この2つを重ねながら、プペルについて勝手気ままに語ってみたい。 我が家は、前作のプペルがとてもよかったので、妻と次女と末っ子が先に鑑賞した。 末っ子は、いろんな場面で泣いていたらしい。 問題は妻である。 妻はとても繊細で、たとえばポケモンやドラえもんですら大泣きするタイプだ。 その妻が、末っ子が大泣きしたにも関わらず、まったく涙が出なかったという。 そのこと自体が不思議だったらしく、 「なぜ感動できないのか」「なぜ涙が出ないのか」 そこに強い違和感を覚えたようだった。 そして、ぼくと長男にもぜひ観てほしいと言われ、妻は2度目、ぼくと長男は初めてという形で一緒に観に行った。 結論から言うと、妻はやはり感動できなかった。 そして、その理由がわからないまま、ずっとモヤモヤが残ったままだった。 一方ぼくは、涙こそ流さなかったが、素直に「いい映画だな」と感じ、満足していた。 妻の感想をまとめるとこうだ。 ・登場人物に感情移入できなかった ・複数の物語が中途半端に感
社会的つながり
富山市の呉羽山にある畑にミツバチの巣箱を置かせてもらっている。 お盆前に大雨が降り、ようやく天気が安定してきたが、暑さはまだまだ続いている。 ミツバチたちにとっても結構なストレス環境なんだと思う。 そろそろスズメバチの襲来も始まる。...
影
もう一度、PERFECT DAYS。 この映画の特徴のひとつに、光と影がある。 主人公は、木漏れ日が壁などに影として映し出され、その揺れ動く様に常に心を躍らせる。 影となった瞬間、三次元は二次元となり、質量や奥行は消える。...















