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自由とは、生まれて死ぬこと

真国寺にて、円了さんによる「Aha-エンパワーメント講座」に参加させてもらいました。


テーマは「常識を破る」

ベートーヴェンとヤマザキマリさんを取り上げて、いろんな事例を紹介いただきました。




講座導入部分で紹介されいた彫刻家のジャコメッティの言葉に心を打たれ、ヤマザキマリさんの「自由とは何か」という問いに悶絶する時間になりました。


ひとまず世界的彫刻家のジャコメッティの言葉を紹介させてください。


「火事になったらレンブラントの絵よりも、猫を救う。そして、あとで放してやる。」

粋だ!



そして「自由とは何か」という問い。

この問いを目にすると、まず頭に浮かぶのは「進撃の巨人」。

確か、進撃の巨人の映画の感想にも、「自由」について記載した記憶がある。


そのときは、確か「本当の自分に気づいていくことが、自由なのではないか」と記した記憶がある。


今回、ぼくの中から生まれたのは

自由とは、生まれて死ぬこと

という言葉だった。


呼び水になったのは、講座中にあったベートーヴェンの曲作り風景の一説。


「曲は流れるもの。」

「始まれは終わり、終われば始まる。生と死を繰り返す」


そんなニュアンスの言葉があった。

作曲の常識を破り、終わりと始まりが曖昧な曲を作っている場面だった。



ぼくはなぜ、「自由とは生まれて死ぬことだ」と感じたのだろう。


講座の最後に感想としてシェアさせてもらったら、円了さんから

「それは、流れに身を任すってことかな」と。


一理あるのだけど、ちょっと違う。

うまく言語化できない。


人間の本質を分かる

命を耕す

コーリング


またどこかで対話をしてみたい。



「良質な孤独は、良質の表現者を生む。」

「表現者とは、精神の一次産業従事者である。」


ヤマザキマリさんの言葉。

精神の一次産業で生まれた作品を、精神の二次産業へ、そして三次産業へ。

誰かの表現を誤読または模写からはじまり、全く違う視点として物語が生まれる。


この一次から二次、二次から三次、三次から一次へと。

この間を繋ぐものとは。

この「間」にすごく興味を抱く。



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