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自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」という話では済まない。 内面を伸ばすためには、 「自己反省」 という通路を通る必要がある。 けれども、この「自己反省」という言葉は、実はとても難しいことだ。 そもそも私たちは、自己反省をする“用意”ができているのだろうか。 そして、反省すべき何かに“気づく”ことができているのだろうか。 そこが、最初の大きな問いになる。 今回のテーマに即していないかもしれないが、よくこう言われる。 「大きな困難を乗り越えた人は、内面が大きく成長する」と。 確かに、苦しみや葛藤を通った人の言葉には、どこか深みがある。 では逆に、大きな困難のない人生は、人を成長させないのだろうか

発願

修身を学ぶ会富山 第9講 発願 「道の上では師に譲らず」 第9講の最初のところに、この言葉が紹介されていた。 この言葉にすごく似た有名な論語の章句がある。 仁に当たりては 師にも譲らず 自分の心にある「仁」。 思いやる心、相手を大切にしたい気持ち、大事にしたい気持ち。 自分が一生ついていこうとする尊敬する師がいるとして。 その師からのお願いだったとしても、自分の中にある「仁」に反することであれば、師であろうが自分の気持ちを譲ってはならない。 そういった意味の章句だ。 今回のテーマ「発願」と呼べるものが、自分の言葉として表現できるかといえば、できない。 ただ、「仁に当たりては師にも譲らず」という章句と、自分の発願はすごく近いところにあることは感じる。 この章句と向き合うと、いろんな気づきに出会うことができる。 まず大切なのは、譲らないことは、「正義」ではないということ。 仁、つまり思いやる心だ。 正しさを貫くことではなく、生まれながらにある「仁」を譲らない。 「思いやり(仁)」ということは、すでに、自分ひとりのことを考えていることではないということ

成功とは

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 18番目の嘘 みんなが利益をあげられる 今回もAI活用しまくりの文章です。 少し解説なく内容に入るのですが。 市場に継続的にマネーストックが増加することを前提とするかどうか。 今回の嘘に隠された結構大きなポイントなんじゃないかと感じていた。 マネーストックとは、市場に出回っているお金の総量のことをいう。 しかし、その数字は単なる量ではない。 通貨は「信用」によって支えられている。 ここでいう信用とは、国家や制度、通貨そのものに対する社会的な合意である。 そしてその土台には、本来「信頼」がある。 人々が社会を信頼し、互いを信頼し、この共同体は続いていくと感じられること。 その信頼が積み重なり、やがて信用というかたちを取り、貨幣の価値を支える。 順番は、 信頼が先で、お金は後 のはずだ。 けれど私たちは、しばしばその順番を逆にしてしまう。 お金が増えれば安心できる、と。 中央銀行は、国民の母国への信頼の高まりを定量化できないし、それ以上に信頼を軸に考えてお札を刷っているわけじゃないように思う。...

嘘の儀式

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 17番目の嘘 プロジェクトを始めるには ビジネスプランと予算と元手のお金が必要だ ちょうど会社で「きなこ棒」の販売に向けて打ち合わせをしているとき。 売上と経費をどうしていくべきかを考え始めた。 そのとたんに、これまでのクリエイティブは会話から一転し、シリアスな会議に変わった。 その影響はつづき、試作を作るにしても、コストや設備のことに敏感な対応になった。 このとき、正直どう反応すればよかったのか、すぐに答えを見つけることのできない自分がいた。結果、正しい選択ではなく、恐れへの反応をしてしまったように思う。 なぜ、これほど話題がお金になった瞬間に、見ている世界が変わるのか。 改めて本書の内容に戻る。 ベンチャーキャピタリストやバンカーは、実際にはビジネスプランを見ているのではなく、「人」を見ている。 案件の是非は先に決まっており、数字は後からそれらしく整えられることも多い。 多くの人はそのことを、心の奥ではうっすらと理解している。 それでも誰も口にせず、ビジネスプランや予算の重要性が語られ続ける。 この「

世界よ、応答せよ。

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 16番目の嘘 やりたいことのために働いて稼ごう この言葉の前提には、こういう分断があります。 いまの仕事 = 本当はやりたくない やりたいこと = いつか、別の場所にある お金 = それを実現するための手段 つまり、「いま」と「本当」を切り離している。 この嘘に乗ると、人生はこうなりやすい。 今は我慢 まずは稼ぐ 余裕ができたら そのうち本当にやりたいことを ……でも、「そのうち」はなかなか来ません。 さらに困ったことに「やりたいこと」すら嘘の可能性があります。 やりたいこと=自己証明 やりたいこと=逃避先 すると、ますます「今」が犠牲になります。 つまり、今回の嘘とは、 今と未来を分けない 、という提案です。 ところで、なぜ多くの言語で「お金=報い」なのか 貨幣が生まれる前、人は 狩る 作る 守る 癒す といった行為を通じて共同体に貢献していました。 その「役に立った」「助かった」という感覚が、具体的な形で返ってくるものが必要になった。 それが 物 穀物 金属 後に貨幣 つまりお金は、「ありがとう」を保

自由と責任

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 15番目の嘘 お金があれば自由になれる この章は、ひとつの言葉から始まる。 「本当の自分に出会えたとき、あなたは自由である」ボフダン・ハウリリシュン この言葉に強く惹かれた。 同時に、「本当の自分とは何か」「自由とは何か」という、大きな問いが立ち上がる。 興味を持ち、ボフダン・ハウリリシュン(Bohdan Hawrylyshyn)について調べてみた。 1926年―2016年。ウクライナ、カナダ、スイスで活躍した経済学者、思想家、慈善家。 ローマクラブ正会員。 スイス国際経営研究所 所長。 ダボス会議の創設に関与。 GM、IBM、ユニリーバ、フィリップスなどのコンサルタント。 第二次世界大戦中の1944年、ナチスに捕らえられ、ドイツに連行。戦後は約2年間、難民キャンプで過ごし、その後カナダへ移住。木こりなど様々な仕事をしながら、トロント大学で学んだという。 ……すごい人生である。 彼の哲学のポイントを、AIに整理してもらった(抜粋)。 多くの経済理論は、数字・市場・効率というフレームで語られる。しかしハウリ

希望の種を拾う

修身を学ぶ会富山 第7講 身代わり 小学校の低学年だったころ、同級生が雪の事故で亡くなるという出来事が起きた。 当時担任だった、いつもやさしい女性の先生は、事故後、まるで別人のように表情が硬くなり、少し冷たい空気を常にまとっているようになった。 その変貌ぶりがあまりにも印象的で強く記憶に残っている。 きっと、その時の担任の先生は、感じるの必要のない「責任」と、死を覚悟したのかもしれない。 数か月間に、この話を人生で初めて姉に話す機会があった。 すると、想像もしなかった話を聞くことになった。 姉曰く、 「しげる(僕)の話してくれた内容と全く同じ話を聞いたことがあるよ。」 「その先生って、もしかして〇〇先生でしょ」 「実は、以前婦人会か何かの集まりで〇〇先生にあったときに、呼び止められたの。」 「そのときに、その事故の話になり、当時の山科君には申し訳ないことをした、と。」 これは僕が当時、特別な生徒だったわけではない。 つまり、先生は、当時のクラス生徒、全員の名前と顔、そして、自分が変化してしまったことを忘れずに生き続けているということなのか。...

愛の受け取り方

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 14番目の嘘 お金持ちは豊かだ まずは、13番目の嘘の振り返りから。 欲深い人に対してこそ、愛とともに手渡すのです。 この言葉を、少し噛み砕いて考えてみたい。 もし、お金を稼ぐ原動力となっている「欲深さ」が、実は 愛の欠乏  から生まれているのだとしたら。 そして、その欲深さの力によって、結果的にお金持ちになることができたとしたら。 普通に考えれば、「欲深いお金持ちにお金を渡すくらいなら、貧しい人に渡したほうがいい」と思うかもしれない。 しかし本書では、むしろ逆の可能性が示唆されている。 欲深さの根にある「愛の欠乏」を、 「愛 × お金」  というかたちで満たすことができたなら、結果的にそのほうが、社会全体は豊かになるのではないか。 そんな、少し刺激的な提案がなされていた。 今回の 14番目の嘘  も、この流れと深くつながっている。 「真に豊かな人は、お金があろうとなかろうと豊かである」 「貧しい人は、お金があろうとなかろうと貧しい」 これが真実なら、「お金持ちが貧しい人に、お金をただ分け与えればよい」と

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