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プペル

映画『えんとつ町のプペル 約束の時計台』 本『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』 この2つを重ねながら、プペルについて勝手気ままに語ってみたい。 我が家は、前作のプペルがとてもよかったので、妻と次女と末っ子が先に鑑賞した。 末っ子は、いろんな場面で泣いていたらしい。 問題は妻である。 妻はとても繊細で、たとえばポケモンやドラえもんですら大泣きするタイプだ。 その妻が、末っ子が大泣きしたにも関わらず、まったく涙が出なかったという。 そのこと自体が不思議だったらしく、 「なぜ感動できないのか」「なぜ涙が出ないのか」 そこに強い違和感を覚えたようだった。 そして、ぼくと長男にもぜひ観てほしいと言われ、妻は2度目、ぼくと長男は初めてという形で一緒に観に行った。 結論から言うと、妻はやはり感動できなかった。 そして、その理由がわからないまま、ずっとモヤモヤが残ったままだった。 一方ぼくは、涙こそ流さなかったが、素直に「いい映画だな」と感じ、満足していた。 妻の感想をまとめるとこうだ。 ・登場人物に感情移入できなかった ・複数の物語が中途半端に感

暗黙の合意形成

人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である 樋口耕太郎 著 毎朝5時からの音読会で読んでいる本。 今朝のテーマは「無理ゲー」。   朝の音読会の対話の中で、正確に記憶しているわけではないが、こんな会話があった。   「在来種のみかんを育てたいが、そのみかんは一般に流通しているものほど甘くなく、ニーズがないため、作ることを断念した」 「無農薬で野菜を育てたいが、労力のことを考えると難しい。農業で生計を立てている人に、農薬を使わずに育ててほしいとお願いするのはどうなんだろう」   そんなニュアンスだった。   在来種を育てる。 無農薬の野菜を育てる。   ニーズの問題、販路の問題、労力の問題。 そのすべてに共通しているのは、「お金」の問題なのかもしれない。   「しかし、家族を養うことを考えると…」 「地域との関係を考えると…」   この言葉が出てしまうと、「そうだよね」と納得せざるを得ない。 それ以上の議論もできるのだろうが、どうしても信念の違いや対立構造が入り込んできそうだ。   僕自身も、暗黙のうちに、 「あ、このテーマはこれ以上踏み込んでは

バケツの穴

人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である 樋口耕太郎 著 毎朝5時からの音読会で読んでいる本。 今朝のテーマはここ。 「バケツの穴」 ここでは、資本主義経済の姿が、バケツとその中の水にたとえて、わかりやすく表現されている。 労働者が働いているバケツ。 そこでは、付加価値を生み出すことでお金(水)が増えていく。 そのバケツの真下には、さらに大きな「金融市場」というバケツがある。 そのバケツにいる資本家は、自分たちでは付加価値を生み出さない。 労働者のバケツの底に穴をあけ、そこから落ちてくる水を受け取ることで成り立っている。 そんな構図の話だった。 今朝の音読会では、しばらく病気で参加できていなかった関さんが、久しぶりに元気な姿を見せてくれた。 関さんの話を聞きながら、そして場にいるみんなの声に触れながら、浮かんできたことを三つ残しておきたい。 ① 二つのバケツの外に立つ この二つのバケツの話は、労働者と資本家の違いを理解する上で、とてもイメージしやすいメタファーだと思う。 ただ同時に、そこから抜け落ちている視点もあるのではないかと感じた。 それ

時間とコスト

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 20番目の嘘 かかったコストで価格が決まる 今回の章は、文章量自体はとても短い。 しかし内容は、これまでで一番と言っていいほど、理解するのが難しかった。 テーマは「利子」である。 これまでも何度か登場してきた概念だが、正直なところ、どこか雲をつかむような感覚があり、腹落ちしていなかった。 ただ今回、少しだけその輪郭が見えてきたように思う。 まず提示されていたのは、ひとつの衝撃的な数字だった。 1980年代初頭における、サービス価格に含まれる利子の割合。 ごみ収集 12% 飲料水(上水道) 38% 下水・汚水処理 47% 公営住宅の家賃 77% この数字をどう受け取ればいいのか、正直かなり戸惑った。 日々当たり前のように支払っている料金の中に、これほどまでに利子が含まれている。 その実感が、まったく持てなかったからだ。 おそらくこれは、複雑に重なり合ったサプライチェーンの中で、各段階の利子が積み重なっていった結果なのだろう。 ここで改めて、「利子とは何か」を考えてみた。 利子とは、シンプルに言えば お金を借

自分を知り、自分として立つ

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 19番目の嘘 ビジネスとは継続的に利益をあげることだ 今回もAIに文章の校正を依頼しながらつくりました。 「ビジネスとは継続的に利益をあげることだ。」 この思い込みがなぜあるのか、いくつか理由が浮かんでくる。 たとえば、ビジネスをはじめるとき、多くの場合はお金を借りるところから始まるのではないか。 資金を調達すれば、当然そこには「利子」が発生する。 利子がある以上、元本に上乗せして返し続けなければならない。 そう考えると、「継続的に利益を出すこと」が前提条件のようになる。 あるいは、利益を出すことが企業の存在証明のように扱われる社会。 利益が出ていないなら存在価値がない、と無言で烙印を押されているような空気。 そうした背景の中で、「利益=ビジネス」という図式が、いつの間にか常識になっているのかもしれない。 しかし、19番目の嘘を読みながら強く感じたのは、「 そもそもビジネスとは何か 」という大前提を、もう一度問い直す必要があるのではないか、ということ。 私たちはいつの間にか、ビジネスとは利益をあげる活動だ

自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」という話では済まない。 内面を伸ばすためには、 「自己反省」 という通路を通る必要がある。 けれども、この「自己反省」という言葉は、実はとても難しいことだ。 そもそも私たちは、自己反省をする“用意”ができているのだろうか。 そして、反省すべき何かに“気づく”ことができているのだろうか。 そこが、最初の大きな問いになる。 今回のテーマに即していないかもしれないが、よくこう言われる。 「大きな困難を乗り越えた人は、内面が大きく成長する」と。 確かに、苦しみや葛藤を通った人の言葉には、どこか深みがある。 では逆に、大きな困難のない人生は、人を成長させないのだろうか

発願

修身を学ぶ会富山 第9講 発願 「道の上では師に譲らず」 第9講の最初のところに、この言葉が紹介されていた。 この言葉にすごく似た有名な論語の章句がある。 仁に当たりては 師にも譲らず 自分の心にある「仁」。 思いやる心、相手を大切にしたい気持ち、大事にしたい気持ち。 自分が一生ついていこうとする尊敬する師がいるとして。 その師からのお願いだったとしても、自分の中にある「仁」に反することであれば、師であろうが自分の気持ちを譲ってはならない。 そういった意味の章句だ。 今回のテーマ「発願」と呼べるものが、自分の言葉として表現できるかといえば、できない。 ただ、「仁に当たりては師にも譲らず」という章句と、自分の発願はすごく近いところにあることは感じる。 この章句と向き合うと、いろんな気づきに出会うことができる。 まず大切なのは、譲らないことは、「正義」ではないということ。 仁、つまり思いやる心だ。 正しさを貫くことではなく、生まれながらにある「仁」を譲らない。 「思いやり(仁)」ということは、すでに、自分ひとりのことを考えていることではないということ

成功とは

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 18番目の嘘 みんなが利益をあげられる 今回もAI活用しまくりの文章です。 少し解説なく内容に入るのですが。 市場に継続的にマネーストックが増加することを前提とするかどうか。 今回の嘘に隠された結構大きなポイントなんじゃないかと感じていた。 マネーストックとは、市場に出回っているお金の総量のことをいう。 しかし、その数字は単なる量ではない。 通貨は「信用」によって支えられている。 ここでいう信用とは、国家や制度、通貨そのものに対する社会的な合意である。 そしてその土台には、本来「信頼」がある。 人々が社会を信頼し、互いを信頼し、この共同体は続いていくと感じられること。 その信頼が積み重なり、やがて信用というかたちを取り、貨幣の価値を支える。 順番は、 信頼が先で、お金は後 のはずだ。 けれど私たちは、しばしばその順番を逆にしてしまう。 お金が増えれば安心できる、と。 中央銀行は、国民の母国への信頼の高まりを定量化できないし、それ以上に信頼を軸に考えてお札を刷っているわけじゃないように思う。...

嘘の儀式

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 17番目の嘘 プロジェクトを始めるには ビジネスプランと予算と元手のお金が必要だ ちょうど会社で「きなこ棒」の販売に向けて打ち合わせをしているとき。 売上と経費をどうしていくべきかを考え始めた。 そのとたんに、これまでのクリエイティブは会話から一転し、シリアスな会議に変わった。 その影響はつづき、試作を作るにしても、コストや設備のことに敏感な対応になった。 このとき、正直どう反応すればよかったのか、すぐに答えを見つけることのできない自分がいた。結果、正しい選択ではなく、恐れへの反応をしてしまったように思う。 なぜ、これほど話題がお金になった瞬間に、見ている世界が変わるのか。 改めて本書の内容に戻る。 ベンチャーキャピタリストやバンカーは、実際にはビジネスプランを見ているのではなく、「人」を見ている。 案件の是非は先に決まっており、数字は後からそれらしく整えられることも多い。 多くの人はそのことを、心の奥ではうっすらと理解している。 それでも誰も口にせず、ビジネスプランや予算の重要性が語られ続ける。 この「

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