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余白と選択肢は本物か

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 29番目の嘘 お金は重要ではないが、あると人生を楽にしてくれる 僕たちは、お金について、 「お金があれば自由になれる」 「お金があれば自立できる」 「お金があれば安心できる」 「お金があれば幸福になれる」 そんなふうに考えているところがある。 もちろん、お金があれば、生活上の不安が減ったり、できることが増えたりする。 だから、お金があることで人生が「楽になる」ことは確かにある。 ただ、「お金は重要ではない」とは、「お金なんて必要ない」という意味ではない。 お金は、自由そのものではない。 自立そのものでもない。 安心そのものでもない。 幸福そのものでもない。 お金は、それらを生み出す可能性を持った「手段」のひとつだということ。 お金があれば、嫌な仕事を断れるかもしれない。 時間をつくることができるかもしれない。 学びたいことを学べるかもしれない。 誰かを助けることもできる。 そういう意味で、お金には「余白をつくり、選択肢を増やす力」があるように思える。 でも、本当にそうなのだろうか。 本当に、お金が余白をつ

知行合一

修身を学ぶ会富山 第13講 鴎外の一言 優れた人物とは、誰に話すわけでもなく、自分にとってかけがえのない「ルール」を持っているのだろう。 しかも、想像するに、そのルールは、本人にとっては「当たり前」になっているはずだ。 つまり、ルールがその人の血となり、肉となっている。 それが、他人からすると特別なことであることにも、本人は気づかないほどに。 さらに言えば、その人を支えている「ルール」は、意外にもシンプルなのだと思う。 小学校低学年くらいには、きっと学んでいるようなこと。 森鴎外の言葉は、これだった。 「その人の面前でいいにくいようなことは、たといその人がいない場所でも、いわないようにしなければならぬ」 この一言を、生涯かけて履践していく。 それが、森鴎外という人物をつくっていた。 もし、日常の仕事の中で、目の前の人から、その人自身をつくりあげている大切な「聖なる言葉」を聞かせてもらうことができたなら、それは何と感動することだろう。 その人の中にある、本当の言葉に出逢う。 そんな仕事をしていきたいと、強く思えた。 この講で大切なのは、ただ「知る」

事実と真実

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 28番目の嘘 問題もお金、解決もお金 本書には、次のような一節がある。 お金自体は決して問題ではありません。また、お金で問題を解決することはできません。私たちは何十年、あるいは何世紀にもわたる経験を経て、お金では問題を解決できないと学んできているはずです。 直感的に伝えている内容は正しいことは分かる。 ただもう少し具体的に考えてみたい。 お金があれば解決できる問題は数多くある。 病院にも行ける。 家も建てられる。 教育も受けられる。 食べるものにも困らない。 だから「お金では問題を解決できない」と言われても、少し極端に聞こえる。 歴史を振り返れば、人類は何度も「もっと豊かになれば幸せになれる」と考えてきた。 そのために、権力と戦争を絶えず行ってきたことは間違いない。 けれど、結局 お金が増えても戦争はなくならない。 環境問題もなくならない。 孤独もなくならない。 家庭の不和もなくならない。 心の不安も消えない。 つまり、お金は手段にはなっても、問題の根には届かない。 では、本当の問題はどこにあるのだろうか

諦める人生

修身を学ぶ会富山 第12講 「感想」を読んで 「自分の人生を真実に生きる」と本気で考える人は、一体どれくらいいるのだろうか。 これまでの人生を振り返ると、ぼくは何度も自分の人生をあきらめてきたように思う。 中学時代、落合信彦氏の本に出会い、夢中になって読み漁った。 本の中には、自分の足で世界を歩き、自らの人生を切り拓いていく生き方が描かれていた。ぼくはその生き方に強く共感した。 しかし、自分の進路を海外へ向けることはなかった。 なぜなら、「自分にはできるはずがない。それは夢物語の世界だ」と、最初からあきらめていたからだ。 中学時代は部活動にも打ち込み、高校に進学したら全国大会を目指そうと仲間たちと誓い合った。 しかし、高校進学の際には、部活動の強豪校ではなく進学校を選んだ。 大人の顔色を見て決めた進路だった。 当時は、自分の意思というよりも、大人や社会の空気に責任を押し付けていた。 でも、本当は違う。 確かに大人からのプレッシャーはあった。 しかし、最終的に選んだのは自分だった。 なぜか。 厳しい練習から逃げたかったのだ。 自ら逃げたという事実を

ハタラクとは

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 26番目の嘘 お金は出ていっても いずれまた入ってくる これは嘘かどうかという以前に、 「お金を出せば、また入ってくる」 という考え方の奥にある心の動きを説明してくれているように思う。 もし、 「与えれば得られる」 「寄付すれば豊かになる」 という計算が心のどこかにあるなら、その行為はすでに欠乏や恐れから始まっている。 本当は与えているようでいて、受け取ることを目的にしている。 だからこそ、かえって欲しいものから遠ざかってしまう。 たとえばワールドカップの後、日本人サポーターがゴミ拾いをするニュース。 世界から称賛される。 もちろん素晴らしいことだと思う。 しかし同時に、どこか興ざめする感覚もある。 ゴミ拾いそのものではない。 ニュースになった瞬間に、何かが変質してしまうような感覚だ。 寄付にも少し似たところがある。 ぼくは寄付そのものが嫌いなわけではない。 しかし、 「寄付してください」 と言われると、少し身構えてしまう。 なぜだろう。 ひとつには、日本人の「働く」という感覚の中に、もともと社会貢献が含

人生の深さ

修身を学ぶ会富山 第14講 人生の深さ 人生を深く生きる人は、身近に誰がいるだろうか。 そう考えたとき、真っ先に妻と子どもたちの顔が浮かんだ。 妻も4人の子どもたちも、誰かと比較することはできない。 一人ひとりが見ている世界も、感じていることも、向き合っている方向も違う。 それでも、それぞれが人生を深く生きていると感じる。 「世の中に繊細であること」 これは一見すると、生きづらさの象徴であり、世の中から求められる生き方に合わせることは、とても大変なことだ。 しかし、その繊細さこそが、人生を深く生きる力になるのではないかと思う。 人生を、長さではなく深く生きたいと願うことはあるかもしれない。 しかし一方で、それを前向きな選択としてではなく、「人生を深く生きる道しかない」と感じながら生きている人もいるのではないだろうか。 もし、その生き方をネガティブなものだという思い込みがあるとしたら、僕にできることは何だろう。 人生を深く生きる道しか見えない人の生き方に触れ、その人とつながることで、僕自身も変わり続ける。 もし、その出会いが僕に変化をもたらしてくれ

価値、関係性、イマココ

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 24番目の嘘 カジノのような投機的取引こそが、金融システム改革によって解決すべき問題だ この章は、一見すると 「投機は悪だ。だから規制すればよい」 という話に見える。 しかし問題は、投機家そのものではない。 投機を生み出し続ける、金融システムの構造そのものにある、ということだ。 その構造を、著者は「カジノ」に例えている。 1.利子の支払い カジノでは、プレイするために現金をチップに替える。 もし手持ちがなくなれば、さらに借りることもできる。 しかし借りれば、当然利子が発生する。 しかも返済を先延ばしにするほど、その利子は増え続ける。 お金を借りることは、未来の自分から前借りすることだ。 その結果、人は もっと利益を出さなければならない。 もっと早く結果を出さなければならない。 と追い立てられる。 特にカジノのような世界の中では。 一人の人間としての信用を重視してお金を貸してくれたわけではない。 利子は、単なる金融コストではなく、 未来への不安を増幅する装置にもなっている。 2.仲介手数料...

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