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自由と責任

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 15番目の嘘 お金があれば自由になれる この章は、ひとつの言葉から始まる。 「本当の自分に出会えたとき、あなたは自由である」ボフダン・ハウリリシュン この言葉に強く惹かれた。 同時に、「本当の自分とは何か」「自由とは何か」という、大きな問いが立ち上がる。 興味を持ち、ボフダン・ハウリリシュン(Bohdan Hawrylyshyn)について調べてみた。 1926年―2016年。ウクライナ、カナダ、スイスで活躍した経済学者、思想家、慈善家。 ローマクラブ正会員。 スイス国際経営研究所 所長。 ダボス会議の創設に関与。 GM、IBM、ユニリーバ、フィリップスなどのコンサルタント。 第二次世界大戦中の1944年、ナチスに捕らえられ、ドイツに連行。戦後は約2年間、難民キャンプで過ごし、その後カナダへ移住。木こりなど様々な仕事をしながら、トロント大学で学んだという。 ……すごい人生である。 彼の哲学のポイントを、AIに整理してもらった(抜粋)。 多くの経済理論は、数字・市場・効率というフレームで語られる。しかしハウリ

希望の種を拾う

修身を学ぶ会富山 第7講 身代わり 小学校の低学年だったころ、同級生が雪の事故で亡くなるという出来事が起きた。 当時担任だった、いつもやさしい女性の先生は、事故後、まるで別人のように表情が硬くなり、少し冷たい空気を常にまとっているようになった。 その変貌ぶりがあまりにも印象的で強く記憶に残っている。 きっと、その時の担任の先生は、感じるの必要のない「責任」と、死を覚悟したのかもしれない。 数か月間に、この話を人生で初めて姉に話す機会があった。 すると、想像もしなかった話を聞くことになった。 姉曰く、 「しげる(僕)の話してくれた内容と全く同じ話を聞いたことがあるよ。」 「その先生って、もしかして〇〇先生でしょ」 「実は、以前婦人会か何かの集まりで〇〇先生にあったときに、呼び止められたの。」 「そのときに、その事故の話になり、当時の山科君には申し訳ないことをした、と。」 これは僕が当時、特別な生徒だったわけではない。 つまり、先生は、当時のクラス生徒、全員の名前と顔、そして、自分が変化してしまったことを忘れずに生き続けているということなのか。...

愛の受け取り方

マネーバイアス ピーター・カーニック 著 14番目の嘘 お金持ちは豊かだ まずは、13番目の嘘の振り返りから。 欲深い人に対してこそ、愛とともに手渡すのです。 この言葉を、少し噛み砕いて考えてみたい。 もし、お金を稼ぐ原動力となっている「欲深さ」が、実は 愛の欠乏  から生まれているのだとしたら。 そして、その欲深さの力によって、結果的にお金持ちになることができたとしたら。 普通に考えれば、「欲深いお金持ちにお金を渡すくらいなら、貧しい人に渡したほうがいい」と思うかもしれない。 しかし本書では、むしろ逆の可能性が示唆されている。 欲深さの根にある「愛の欠乏」を、 「愛 × お金」  というかたちで満たすことができたなら、結果的にそのほうが、社会全体は豊かになるのではないか。 そんな、少し刺激的な提案がなされていた。 今回の 14番目の嘘  も、この流れと深くつながっている。 「真に豊かな人は、お金があろうとなかろうと豊かである」 「貧しい人は、お金があろうとなかろうと貧しい」 これが真実なら、「お金持ちが貧しい人に、お金をただ分け与えればよい」と

思惟と実践

朝活大学素読会 今回も大きな気づきがありました。 古の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、先ず其の國を治む。 其の國を治めんと欲する者は、先ず其の家を齊う。 其の家を齊えんと欲する者は、先ず其の身を修む。 其の身を修めんと欲する者は、先ず其の心を正しうす。 其の心を正しうせんと欲する者は、先ず其の意を誠にす。 其の意を誠にせんと欲する者は、先ず其の知を致す。 知を致すは、物を格すに在り。 物を格して后知至る。 知至りて后意誠なり。 意誠にして后心正し。 心正して后身修まる。 身修まりて后家齊う。 家齊いて后國治まる。 國治まりて后天下平らかなり。 格物 致知 誠意 正心 修身 斉家 治国 平天下 ざっと現代語にすると 明徳を明らかにし、天下に平安を望むなら、まず自分の国をしっかり治めよ。 自分の国を治めようと思うなら、まず自らの家(親族一同)をよく斉えることだ。 自分の家を斉えようとするなら、まず自分の身を修めていくことだ。 自分の身を修めるためには、まず内なる心を正しくすることだ。 心を正すためには、外に表れる意(喜怒哀楽)を正常にすること。

当下一念

朝活大学素読会 大學の道は、明徳を明らかにするに在り。 民に親しむに在り。 至善に止まるに在り。 止まるを知りて后定まる有り。 定まりて后能く靜かなり。 静かにして后能く安し。 安くして后能く慮る。 慮りて后能く得。 物に本末有り。 事に終始有り。 先後する所を知れば、則ち道に近し。 今回は、この後半の箇所について。 物に本末有り。事に終始有り。先後する所を知れば、則ち道に近し。 物事には必ず本と末、終わりと始まりがある。 そこで常に何を先にし、何を後にすべきかを知って行動すれば、人の道に大きく外れることはない。 すごくわかりやすい箇所だからこそ、これまであまり深く考えてこなかった。 「優先順位を誤るな」 「目的と手段を取り違えるな」 そんな意味でとらえていた。 でも、実は違うんじゃないか。 「時間」という概念が、邪魔しているのではないか。 物に本末有り。 物 → being 本 → 根本・目的 末 → 枝葉・手段 事に終始有り。 事 → doing 終 → 結果・締めくくり 始 → 出発点 ここから、もう一歩踏み込むと 本 → いのちの源・ほ

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