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言葉の奥にある重みにたどり着く。

修身を学ぶ会富山

第7講 大志を抱け


「立派な先生になる」など、ていのよい逃げ言葉だ。

今回は、この言葉に心が動いた。



便利な道具が目の前にあると、どうしてもそれに頼ってしまうものだ。

そのひとつに、AIがある。


言葉にできそうで、できないこと。

複数の事例がつながっているように思えるのだが、どうつながっているか論理的に説明できない。

長い内容を簡潔にまとめたい。


そんなときは、AIがすごく便利だ。

まさに、自分が思っていたことを代弁してくれた!と勘違いするほど、わかりやすい言葉にしてくれる。


しかし、これは大体「ていのよう一種の逃げ言葉」になっている。

そんな言葉に、いつの間にか満足してしまう自分がある。


時には、AIを利用しながらも、言葉の奥にある重みを見つめることを諦めたくない。

そう思うことができた。



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