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推譲とペイフォワード

土曜日の朝は、1週間の振り返りの音読会になる。

その中で「ペイフォワード」の話があり、ふと、二宮尊徳の「推譲」のことを思い出した。


■ 推譲とは何か ― 自譲と他譲、そして循環という視点


まず、尊徳のいう「推譲」には、二つの側面がある。

ひとつは「自譲(じじょう)」、 もうひとつは「他譲(たじょう)」である。


自譲とは、自分の欲を抑え、生活の上限(分度)を守ることで、 未来のために備えをつくること。

他譲とは、その余剰を家族や地域、社会のために役立てていくことを指す。


つまり推譲とは、単に他人に与えることではなく、 自分の内側を整えること(自譲)と、外側へと価値を循環させること(他譲)を含んだ営みだ。


この考え方は、「ペイフォワード」と似ているようでいて、少し異なる。

ペイフォワードが、受け取った善意を次の誰かへ渡していく「行為の連鎖」であるのに対し、 推譲は、そもそも自分の取り分を定め、そこから生まれる余剰を未来や他者へ回していくという、 暮らしや経済そのものの設計に関わる思想である。



■ 割合で考える一つのモデル


たとえば、1か月の収入が20万円だとする。

そのうちの10万円で生活し(分度を決める)、5万円を将来のために蓄え(自譲)、 残りの5万円を地域や周囲のために使う(他譲)。

このように収入を分けて使うことで、 生活を守りながら、未来や他者にも価値を循環させていく。

これは、持続的な暮らしを考えるうえで、 分かりやすい一つのモデルである。


もしこの考え方を自分が暮らす地域全体で行うことが可能であれば、災害などが起きて蓄えがあるはずだし、お互いの関係性も豊かになっているはずなので、うまく地域再生の道を歩むことができるのではないか。



■ 尊徳が見ていたのは「割合」ではない


ただ、尊徳が伝えたかったのは、こうした割合そのものではない。

大切なのは、まず自分の生活の上限(分度)を定め、 その範囲の中で暮らすということにある。

収入が増えたとしても、それに応じて生活水準を上げてしまえば、 余剰は生まれない。

だからこそ尊徳は、「どこまでを自分の取り分とするか」を定め、 そこから先を未来や他者へと回していくことを重視したのである。



■ 推譲が生み出すもの


ここで重要なのは、推譲とは単なる「余ったから与える行為」ではないという点である。


自分の外側に価値を回していくことで、 人と人とのあいだに関係性が生まれ、 そこに新しい流れが生まれる。

それは善意というよりも、 社会や暮らしを持続させるための構造そのものだと言える。



■ 「推譲は創業の道なり」という言葉


尊徳はこんな言葉を残している。


推譲は創業の道なり。

分度は守成の道なり。

推譲によって興らざる者はあらず。

分度によって保たざる者はあらず。


何かを新しく興すとき、 その出発点になるのは推譲であり、 それを長く保ち続けるために必要なのが分度である、という意味である。

何か、創業100年続く老舗の家訓のような趣きのある言葉だ。



■ 直感と反するがゆえに本質的である


ここで少し直感に反することがある。

私たちは何かを始めようとするとき、 まず自分のために蓄え、準備を整えてから動こうとする。


しかし尊徳は、そうではなく、 まず自らが未来や他者へと価値を回していくことが、 結果として新しい営みを生み出すと考えた。

一見すると、先に与えることで自分が不足するようにも思える。


けれども、その行為によって信頼や関係性が育まれ、 そこに人や資源の流れが生まれる。

そして、その流れの中から、 新しい仕事や支え合いが立ち上がってくるのである。



■ 結論 ― 個人と全体は分かれていない


つまりこれは、 「自分に何が入ってくるか」という視点で生きるのか、 それとも「全体の中でどう循環を生み出すか」という視点で生きるのか、 その違いとも言える。


尊徳は、個人と社会を切り離すのではなく、 その両者が同時に成り立つ道を示した。

自分の取り分を定め、 そこから生まれる余剰を未来や他者へと回していく。

その積み重ねが、 やがて個人の暮らしを支え、 同時に共同体の安定をも生み出していく。

それは「自分に返ってくるかどうか」を超えて、 自分もまた、その循環の中に生かされているという在り方である。



この考えをそのまま今できるかといえば、すごく困難なように思える。

自分自身も難しいなと思える。

ただ、もし10代後半から20代の間、こういった考えで友達や家族と関わっていくことができれば、将来すごく大きな価値に変わるのだろうなと思えた。



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