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いのちの川

僕たちは伝統をどう生きるか

小倉ヒラク 著

読了




最近、不思議なくらい「風」と「土」という言葉に出会う。


真琴さんのど真ん中名刺をつくるとき。

達也さんのど真ん中名刺をつくるとき。

親子論語塾で書いた「風」の一文字。

そして今回読んだこの本のテーマも「風土」だった。


偶然とは思えないほど、同じ言葉がさまざまな場所から自分のもとへやってくる。

小倉ヒラクさんは発酵文化研究家として全国を歩き、味噌や醤油、日本酒などの発酵文化を通して、日本各地に残る風土や暮らしを見つめ続けてきた人だ。

発酵とは、人と微生物、気候、土地、時間が重なり合って生まれる営みであり、その視点が本書全体にも流れている。


帯には、 「土地の記憶がつなぐ、弱い人類の強かな生存戦略」 とある。

読みながら、心に引っかかった言葉を書き残しておきたい。


著者は、

伝統を 弱さゆえに生まれたもの。

ローカルに根づいたもの。

気候や身体感覚という、明文化できない「あいま」に宿るもの。

として語る。


そして、その「あいま」とは何かを考えたとき、

「家」でもない。

「血」でもない。

「手」ではないか。

と語る。


伝統とは制度や形式ではなく、「手」が受け継いできた身体の記憶なのだ。

知識だけでは継承できない。

身体を通してしか伝わらないものがある。

さらに後半に書かれてあるように、環境と人の融合に「手」が関わっている。



文中では、岡本太郎による民藝批判も紹介されている。


柳宗悦は「無名の工人」の一人ひとりを、本当に固有の人間として見ていただろうか。

世界を変えるエネルギーを秘めた、一人の人間として向き合えていただろうか。


そして著者は続ける。

伝統が、ひとりの個人として社会に生きることからの逃避になってはいけない。


この一文は、とても重要だと思った。

伝統を守ることは、ともすると「昔からこうだから」という言葉で思考停止することにもなり得る。

しかし本来の伝統は、生きた人間が今を生きる営みの中で更新され続けるものなのだろう。


では、個人として生きることと、伝統を受け継ぐこと。

革新することと、守ること。

その絶妙なバランスを、私たちはどう生きればいいのだろうか。



後半では、「環境」と「風土」の違いについて語られる。


「風土」には「私」が含まれる。

ワインでは、環境=土が酒を醸す。

しかし日本酒では、原料と微生物と人間が一体となった「風土」が酒を醸す

つまり、日本のものづくりは、自分と環境を切り離して考えない。

環境の中に人間がいるのではなく、人間も風土の一部なのだ。


著者は、日本の風土は「〈手〉ロワール」なのだ、と表現する。

風土は、自然だけでは完成しない。

そこに生きる人の「手」があって初めて風土になる。


この考え方は、ぼくの本業にもつながっているように思う。

大きな印刷会社やマスメディアは、多くの人へ同じ情報を届ける。

一方で、軽印刷という仕事は、一人ひとり、一つひとつの地域、一つひとつの想いに寄り添いながら形にしていく仕事だ。

だからこそ、「風土=手」という感覚がとても腑に落ちた。

人の手を介して土地や人の物語を形にしていく。

軽印刷もまた、風土を未来へ受け渡す仕事なのかもしれない。



エピローグの少し前に、こんな言葉がある。


僕たちは、誰かと向かい合って理解し合うことは得意じゃないかもしれない。

しかし、同じ舟でとなり合って、歴史という川を見つめながら語らうことはできるはずだ。


ここで「船」ではなく「舟」という字が使われていることにも意味を感じた。

舟は、人が櫂を持ち、自らの手で漕ぐ乗り物だ。



そして、実は一番印象に残ったのは、ここまで紹介した内容ではない。

沖縄のやちむん窯元の親方の言葉だった。


感覚としては「つくる」のではなく「うまれる」という感覚に近いのです。

土がこうなりたい、という声が聞こえるようになるには技術と経験がいります。

訓練しないとその声は聞こえない。

私たちが培ってきた伝統とは、土の声を聞くための技術なんです。


この一節を読んだ瞬間、「ど真ん中名刺」をつくるときの感覚そのものだ、と思った。

ぼくも「デザインをつくっている」という感覚は、あまりない。

対話を重ねていると、ある瞬間、「これしかない」という形が向こうから現れてくる。


デザインは、生み出すものではなく、生まれてくるもの。

その声を聴くためには、やはり技術も経験も必要なのだ。


人と微生物と環境が溶け合ったものが風土であり、 風土は「手」に宿り、 そして、本当に大切なものは「つくる」のではなく、「うまれる」。

ここにある小さな小さな文脈が伝統であり、小さな伝統こそ、個と全体の間に流れる大切な川なのだ。


たまにその川で遊んだり、洗濯をしたり、果実を冷やしたり、ただただゆっくり過ごす場所だ。川が運んできてくれるさわやかな風と一緒に。



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