考える
- yamashina shigeru
- 23 時間前
- 読了時間: 3分
考えるということ
岡本よりたか 著
読了

不思議なことに、この本は妻が選んだ。
妻が読み、「ぜひ読んでほしい」と手渡してくれた一冊だ。
そして、この本へたどり着くまでには、『星の王子さま』という一冊を経由している。
妻が特に勧めてくれたのは、後半の「暮らしから考えること」という章だった。
どんな家に住み、どんな庭を眺め、朝はどんな気持ちで目覚め、パートナーにどんな言葉をかけ、どんな道具を手にし、心の安定のために何に勤しみ、そしてこの世に生まれて何を成し遂げようとするか。そこまでを含めて暮らしだと思います。
そんな言葉から始まる。
「あぁ、妻が望んでいる世界は、こういう世界なのだな。」
その思いが痛いほど伝わってきた。
そして同時に、そのどれも、まだ十分には叶えられていない自分にも気づく。
いま社会は、「考える」という営みを手放す方向へ進んでいるようにも見える。
もちろん、それは思考停止という意味ではない。
考えることはAIに任せ、人間はより創造的で直感的な活動へ向かう、という流れでもあるだろう。
あるいは、これまで「考えること」を重視しすぎてきた反動として、バランスを取り戻そうとしているのかもしれない。
しかし興味深いのは、「考えるということ」の大切さを語っているのが、無肥料栽培家である岡本さんだということだ。
では、「考える」とは何だろう。
ぼくは、それは「想像すること」であり、「慮ること」なのだと思う。
目の前のことだけでなく、その先を思い描き、自分以外の存在や未来にまで心を巡らせる力。
さらに言えば、自分で勝手に決めてしまった枠を超えていくことでもある。
この瞬間の満足だけを考える。
自分に関係する範囲だけを考える。
専門分野という狭い世界だけで考える。
そうした閉じた視点ではなく、
「千年先まで考えたらどうだろう。」
「太陽系全体から眺めたらどうだろう。」
「目に見える世界と、見えない世界の両方を含めたらどうだろう。」
そんなふうに、想像を広げ、慮っていくこと。
そこから生まれた直感的なビジョンを現実へ落とし込むために、知識を学び、技術を身につけていく。
その順番なのではないかと思う。
そして、そのビジョンを実現したいという情熱が、人を前へ進ませるのだろう。
そう考えていくと、大きなテーマが現れる。
情熱とは、どこから生まれてくるのだろうか。
妻から大きなテーマを受け取るたび、必ずと言っていいほど心に浮かぶ言葉がある。
「慮る」という言葉だ。
『大学』には、こんな一節がある。
止まるを知りて后定まる有り。
定まりて后能く静かなり。
静かにして后能く安し。
安くして后能く慮る。
慮りて后能く得。
伊與田覺先生は、この「慮りて后能く得」を、
「物事を正しく会得できる」
と解説されている。
いつも、この説明に深く感心する。
「慮る」という行為は、単なる心配や気遣いではない。
思いを十分に巡らせた先に、物事の本質を正しく会得すること。
そこに至って初めて、人は自ら納得し、満足して行動できるのだろう。(慮りて后能く得。)
「考える」とは、知識を積み重ねることではない。
想像し、慮り、自分という枠を超えて世界を見つめること。
その積み重ねが、暮らしをつくり、生き方をつくり、未来をつくっていく。
ぼくの人生に常に横たわる「慮る」というテーマ。
それをいつも見せてくれる妻の存在。




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