再再再投稿
- yamashina shigeru
- 7月8日
- 読了時間: 4分
子どものころに国語の教科書で読んだ物語で、いまでも覚えているものは何か。
毎朝5時からの音読会で、そんな話題があった。
思い浮かぶのは、谷川俊太郎の詩、漢詩「少年老い易く学成り難し」、この2つ程度で、物語は全く思い出せない。
ただ、読書のきっかけをつくってくれた「あんぱん110番」、それからいろんな本を読んだ記憶はある。
ただ、教科書にあった物語は、まったく興味がなかったことを思い出す。
そんな話を音読会が終わって、妻と電話で話をした。
それから少し経って、こんなメッセージが届く。
「ヘッセのデミアン読んだ?」
ヘッセのデミアン。
聞き覚えのあるタイトル。
本棚を探すと、確かに手元にあった。
発行日を見ると「75刷 平成3年5月30日」とある。
ぼくが高校生のときの本だ。
ゆっくりと思い出す。
高校時代、ほぼ授業をまともに受けた記憶がなく、大学受験のための勉強ほど将来なんの価値もない勉強にしか思えず、授業中は寝るか好きな本を読むか、どちらかに時間をつかっていた。
実は一か月前ぐらいに35年ぶりの新事実を知ることになる。
夕ご飯の時に、母が突然ぼくの高校時代の思い出を話してきた。
「学校の先生から電話があって、お宅の息子さんが全く授業中勉強しない。これは大きな問題だ。卒業できるかわからない。一度家庭訪問したい」と。
そして、本当に先生が家にきたことがあるらしい。
当時、母からこの事実を一度も聞いたことがないし、先生が家に来たことも知らなかった。
全くもって、初めて知った事実だ。
よく母はぼくに何も話さなかったものだと感心する。
話さなかったということは、一度も両親から注意されたこともなかったということだ。
さて、当時読んでいた本のひとつが、このヘッセ「デミアン」だ。

たぶん、ぼくの人生に巨大な影響を与えている。
にもかかわらず、その事実も、本のタイトルでさえ、ちゃんと覚えていなかった。
どのページをめくっても、すべての文章が「詩」。
本当の
本気の
言葉しかない。
それ以外の言葉が見つからないのだ。
読み進めていいものか。
読む権利がぼくにはあるのか。
読んでしまったら、自分が変わるしかないのではないかという恐れ。
でも、恐れ以上に、何か魅了する強い言葉の力を感じたことを思い出す。
正直、どんな物語で、何に感動したかとか、全く覚えていない。
ただ、全ページがすごい。
そんな神のような仕事がなぜできるのか、不思議でならなかった印象だけ覚えている。
いま、ページをめくっても、まったく色褪せず、同じ力が届く。
実はこの本の後半部分の文章を切り取って、高校の卒業文集に掲載したのだ。
余談だが、この卒業文集は、学校がつくったのではなく、「ぼく」が勝手に作ったのだ。
先生とクラスみんなに原稿を書いてもらって、集めて、印刷したのだろう。
当時のぼくはなぜそんなことを企画したのか。もうまったく思い出せないのだが。
この卒業文集に残した文章。
これは年に1回ぐらいのペースで何度もSNSで紹介したことがあって、この文章をみるたびに、熱い気持ちが沸き起こる。


自分自身をさがし
自己の腹を固め
どこに達しようと意に介せず
自己の道をさぐって進む
という一事以外にぜんぜんなんらの義務も存しなかった。
各人にとってのほんとの天職は
自分自身に達するというただ一事あるのみだった。
詩人として
あるいはキチガイとして
犯罪者として終わろうと
それは肝要事ではなかった。
肝要なのは
任意な運命でなく
自己の運命を見いだし
それを完全にくじけずに生き抜くことだ。
ほかのことはすべて中途半端であり
逃げる試みであり
大衆の理想への退却であり
順応であり
自己の内心に対する不安であった。
私は自然から投げされたものだった。
不確実なものへ向かって
おそらくは新しいものへ向かって
おそらくは無に向かって投げ出されたものだった。
この一投を心の底から存分に働かせ
その意志を自己の内に感じ
それをまったく自分のものにするということ
それだけが私の天職だった。
それだけが。
デミアンの後半にある文章だ。(168ページ)
高校生のぼくは、この言葉を残したいと思った。
でも「B型 さそり座の文学少年より」として、名前を書かなかったのは、この言葉が本当の自分の言葉ではない、借り物の言葉だということと。
胸を張って言葉を受け取る勇気がなかったからだ。
だとしても、残したいという強い気持ちだけがあった。





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