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ことのね

更新日:4月12日

「ことのね」


およそ1000年前。

この国では、言(こと)と、事(こと)は分かれていなかった。


言(こと)は、やがて事(こと)になる。

けれどその手前には、まだかたちになりきらない小さな揺らぎがある。


言の端々。


言の葉。


言の葉とは、言が事になろうとする、その途中の姿。


けれど、もう少し視点をひらくと、この世界は、言の葉があろうが、なかろうが、はじめからどこかで整っているのかもしれない。

言も事も、人間がこの世の理を自分たちの都合のいいように定義したにすぎない。


では、言の葉になる、さらに前には、何があるのだろうか。

言の芽。

その奥にある言の根。


根は、目には見えない土の中で広がり、伝え合い、つながっている。

そのつながりは、目に見える世界にも影響を与える。


くまも、りすも、てんとうむしも、ありも。

風も、月も。


ほんとうは、すべてが繋がりの中で、響き合っているのではないか。



言葉になる前にあるもの。

すべてのはじまりにあるもの。


それを、「ことのね」と呼ぶ。


この絵本のタイトルを「ことのね」とした。



表紙を開くと、まず里山の風景が広がる。


この景色は、富山県の里山で、いのちの現場を守り繋げていくために活動している「土遊野」にある実際の景色だ。




くまは、ひとつとして同じものがないドングリを、宝物のように拾う。

りすは、自分の役割をはじめから知っているかのように、はちみつを集めている。


ふたりは、ただ隣にいる。

そこに理由はいらない。

目的も必要ない。





くまとりすは、これから何が起こるのかを、どこかで知っている。

それは、くまとりすだけではなく、ここにいるすべてのいのちが知っている。


その出来事に、ちょうはよろこびの舞いを舞い、てんとうむしは、ふわりと飛び立つ。


けれど、ちょうもてんとうむしも、なぜそうするのかは知らない。

知らなくていいのだ。



 


くまとりすを、数多のいのちが祝福する。


くまとりすの行為が先にあるのか。

祝福が先にあるのか。

それもまた、どちらでもいいこと。


みんな、それぞれに、いまここでの最善を生きている。



ありは、こぼれ落ちたはちみつを運んでいる。


一見すると、みんなでひとつのことをしているように見える。

けれど、よく観ると、それぞれがまったく違う。


がんばっているあり。

さぼっているあり。

失敗しているあり。






この絵本の主人公は、誰なのだろう。


もしかすると、一枚の葉なのかもしれない。

枝に残った、最後の一枚。


色鮮やかに染まったその葉は、風に吹かれて、やがて落ちる。



ひとりぼっちだと思っていた葉は、枝から離れてみると、そこに多くの仲間がいることに気づく。


そして、自分の役割が終わっていないことを知る。

いのちの循環は、静かに続いている。


言の根に力を与え、新しい言の芽にバトンを託す。

表紙で表現されている世界だ。



葉を揺らした風も、遠い空に浮かぶ月も、何も語らないふくろうも、遠くで鳴くかえるも、

すべてが、どこかで響き合っている。


そのつながりのひとつひとつに、ゆっくりと気づいていく。






この絵本はどんな経緯で生まれたか。


家族を愛すること

使命を愛すること

縁を愛すること

自分を愛すること

 

これまでの人生のどの瞬間がなくても、この絵本は生まれていない。

それは、絵本に限らず、この瞬間にあること、すべてがそうだ。


Joy of Being


すべてが繋がっていること。

イマココにある喜びに出会うこと。

これを愛と呼ぶのかもしれない。

 


構成・イラスト

山科 星太郎


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