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不安

昨夜は、ど真ん中名刺ワークショップin京都でした。

1年前もちょうど京都でワークショップを開催していました。


いまの会社をやめて、独立する。

そのためのど真ん中名刺を作りたい。

そんな依頼だ。





何か大きな決断をして覚悟を決めたとき、

また次の不安が生まれる。


本当にやっていけるのだろうか。

どうやって人を集めればいいのだろうか?

お金を頂くことはできるのだろうか?

自分ができることの価値は、果たして世の中に通じることなのだろうか?

すべてが初めてであり、不安だ。



僕自身省みたとき、独立したという経験はない。

けれど、同様な不安で押しつぶされそうになったことはある。


勇気があるから覚悟ができた。

勇気がないから覚悟を決められない。


ちがう。


覚悟を決めれば勇気が湧くのだ。

覚悟が先であり、勇気はそれから生まれるものである。


ただ、もうひとつ必要なものがある。

覚悟は決めた。

ただ覚悟を決めたことと、100%の力で動けるかどうかは違う。


覚悟を決めて勇気もあるはずなのに、

心と身体が思うように動かない。

100%の力を出し切れない。


あと何が足りないのか?


ぼくの場合、自分を納得するための言葉だった。


つまり、覚悟というもの自体、理屈を超えた世界にある。

論理的に考えた正解というより、むしろ、その逆の世界に存在するようなものだ。

だからこそ、覚悟を決めてど真ん中を生きようとしたときこそ、

自分を支える言葉が必要となる。


ぼくの場合は


印刷会社とは一体何なのか?

印刷会社の本当の意味とは何か?

そして、行動を加速させるための座右の問いだった。

そのためには、論理的な数値も必要になる。


それが自分の腹に落ちた時、不安は消えた。





自分の中に生まれた不安は、

そうなるかもしれないという単なる可能性や確率論なのか、

本当に不安で押しつぶされそうなことなのか?


もし前者なのであれば、

確かにそういうことになる可能性はある。

けれでも、ただそれだけのことだ。

あとは自分のなすべきことに目を向け、実践を繰り返すだけだ。


そこに、不安は生まれない。


もし、不安が生まれたのであれば、

改めて、自分のど真ん中は何か、もう一度考えればいい。



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