top of page

両親

更新日:2020年5月4日

両親がぼくに残してくれたものは何なのだろう。

 

10年近く前(この感想文を書いた時点)に、父から会社をみてほしいという相談があった。

ぼくは岡山に住んでおり、印刷会社とはまったく異なる仕事をしていた。その時点で、実家に戻るという選択肢はなかったと思う。ただ、遠い将来は分からないという気持ちはもっていたのは確かだ。


実家の会社のことが気になりつつも、その時はじめて実家の内情を聞かせてもらった。

今会社にある設備やシステムを詳細に記した資料を見せてくれた。


印刷業界が低迷する中、同業者がカラー印刷へのシフト、合理化、差別化を進めるにも関わらず、父は白黒印刷がより鮮明になる機械に投資した。


ヤマシナ印刷は、今も昔も、軽印刷である。

軽印刷とは業界用語で、あまり難しいクオリティの高い印刷物が作れない。だいたい小さな印刷機をまわし、家族経営で、白黒の印刷物を作るのが軽印刷である。

大きな印刷機をもっている会社と比較して、「軽印刷」と言われるのだ。


カラー印刷が当たり前という時代の中、あえて白黒印刷のクオリティを上げる、また、いわゆる差別的ニュアンスが含まれる軽印刷という仕事に向き合っている父の姿がそこにあった。

 

その父は、70歳を超えてもなお、目を凝らしながらカッターを器用に扱い、紙を折るのも手、枚数を数えるのも手、手作業で会社に貢献している。

 


母は、僕を産んだと同時に股関節を悪くしたそうだ。

そして70歳近くになり、手術で人工股関節を入れ、歩けるようになった。


何のために手術をしたのかというと、父がもし身体が動かなくなった時に介護できるようになんだそうだ。


また常に前向きな性格でありながら、実家の押し入れには一切物がないことを知った時、必ず訪れる死と向き合い、誰にも迷惑を掛けないように死にたいという、その姿勢に心を打たれた。

 

この二人の両親が残してくれるもの。

生き様をこれからも学んでいきたい。

最新記事

すべて表示
推譲とペイフォワード

土曜日の朝は、1週間の振り返りの音読会になる。 その中で「ペイフォワード」の話があり、ふと、二宮尊徳の「推譲」のことを思い出した。 ■ 推譲とは何か ― 自譲と他譲、そして循環という視点 まず、尊徳のいう「推譲」には、二つの側面がある。 ひとつは「自譲(じじょう)」、 もうひとつは「他譲(たじょう)」である。 自譲とは、自分の欲を抑え、生活の上限(分度)を守ることで、 未来のために備えをつくること

 
 
 
プペル

映画『えんとつ町のプペル 約束の時計台』 本『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』 この2つを重ねながら、プペルについて勝手気ままに語ってみたい。 我が家は、前作のプペルがとてもよかったので、妻と次女と末っ子が先に鑑賞した。 末っ子は、いろんな場面で泣いていたらしい。 問題は妻である。 妻はとても繊細で、たとえばポケモンやドラえもんですら大泣きするタイプだ。 その妻が、末っ子が大泣きした

 
 
 

コメント


bottom of page