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郷学

親子論語塾でお世話になっている安岡先生のセミナーを受講させていただいた。

祖父の安岡正篤氏が目指した郷学と論語についてのセミナーだった。

「郷学」という言葉を初めて知った。

今回はこの郷学について語りたいと思う。


学問には2つある。 ①知識を広め、物事の理を極めようとする学問。 ②己を修める修養の学


①は、子どものころより学校で習う世間一般的な学問のことだろう。

では、②の修養の学とは何か?


第一に、人生どんなことが起きても、それに冷静に平然と受け入れ対処できるようになるための「人間の学」を修めること。


第二は、郷土の人々にとっての先賢の功績を世の中に伝え、その風土に培われている学問を振興して士気を奮い起こすこと。

これを「郷学」と言うのだそうだ。


つまり、修養とは、己自身を修めるだけではなく、地域の中で埋もれた先達の英知を掘り起こし、その想いに触れる。そしてそこから学んだことを通じて、今を生きる人々の士気を高めるべき行動を起こすこと。 この修身と郷学の2つで、修養の学だと。


第一はよくわかるが、なぜ第二の郷学が重要となるのか。

それは歴史を振り返れば、至極当然だという。


これまでの歴史を振り返ると、社会が混乱し、国の将来が不安な時期というのは必ず地方に住む志ある者によって救われてきた。

混乱が起きている時期というのは、道徳や健全な気風が崩れている中央(政治の中心)より、その影響を受けず生活する地方の志士の力が必要となるからだ。 この道理はいつの世も変わりがない。


だからこそ、地方から信念と教養を持つ人材を育成することが日本の国にとって重要であり、それこそ「郷学」の目的であると。



いやあ、一瞬で「郷学」の魅力に飲みこまれた。


おやべローカルかわら版を通した人物紹介。 印刷会社としての暗黙知の図書館機能 ど真ん中名刺 そして、実践の先に思い描く「志の地産地消」。


これらすべてが、「郷学」という言葉につながっていく。

 

ただただ、自分自身が修養を積むことがすべてではなく、自分たちが住む世界が何か緊急事態が起きたときに備える準備を怠らない。

それは、国の中心で世のなかを変えることだけが大事なのではなく、自分たちが住む地域を深掘りし、その地域ならではの学問を大切にすること。

この2つを実践してはじめて修養となるということだ。


ど真ん中エディットワークを開催するとき、それ以外の日常においても、この視点は忘れないように心がけたい。

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