top of page

応援者

更新日:2021年1月25日

あり方で生きる

大久保寛司



ベクトルを常に自分に向ける。

 

今月、ど真ん中の仲間からの講師依頼がある。

そのテーマが「応援者をひとりでもつくる」ということのようだ。


年末からずっと、このテーマについて考えていた。

応援者を作るとは一体どういうことなのか。


ここでいう応援者とは一体どういった人物のことを指すのか。

ファンなのか、サポーターなのか。

ここの定義も重要になってきそうだ。


ただ、ひとつ理解できたことがある。


応援者をつくるためには、まず自分が誰かを応援する側に立つということ。


それが始まりなのではないか。

それこそ、ベクトルを常に自分に向けることなのではないか。

応援をお願いする以前に、まず自分ができているかどうか。

ここが問われるのではないか。



では、もし自分なら誰を応援したいと心から思えるか。


ぼくの場合、答えは3つだ。


①家族、または、家族同等の関係性のある仲間

②同じ師のもとで学ぶ仲間(修身を共に学ぶ友、会社のスタッフなど)

③ど真ん中を生きる仲間


この3つになるのではないか。

理想は、家族のような近しき関係であり、同じ師を仰ぎ、ど真ん中を共に生きている。

そういった関係性の友がいるのなら、無条件に応援するだろう。


これをベクトルを自分に向けるのであれば、

自分自身が誰かにとってそのような存在、生き様をしているだろうか。


それが応援者をひとりでも作ることになるはずだ。

最新記事

すべて表示
推譲とペイフォワード

土曜日の朝は、1週間の振り返りの音読会になる。 その中で「ペイフォワード」の話があり、ふと、二宮尊徳の「推譲」のことを思い出した。 ■ 推譲とは何か ― 自譲と他譲、そして循環という視点 まず、尊徳のいう「推譲」には、二つの側面がある。 ひとつは「自譲(じじょう)」、 もうひとつは「他譲(たじょう)」である。 自譲とは、自分の欲を抑え、生活の上限(分度)を守ることで、 未来のために備えをつくること

 
 
 
プペル

映画『えんとつ町のプペル 約束の時計台』 本『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』 この2つを重ねながら、プペルについて勝手気ままに語ってみたい。 我が家は、前作のプペルがとてもよかったので、妻と次女と末っ子が先に鑑賞した。 末っ子は、いろんな場面で泣いていたらしい。 問題は妻である。 妻はとても繊細で、たとえばポケモンやドラえもんですら大泣きするタイプだ。 その妻が、末っ子が大泣きした

 
 
 

コメント


bottom of page