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執筆者の写真yamashina shigeru

ど真ん中名刺WS 39


さあ、もう本気の補習も終わりに近づきました。

新しい課題はもうありません。

まとめに入っていきます。

まずは上記の図を一度拡大させてゆっくりと眺めてみてください。


血・育ち・教えから始まり、mustに出逢い、needsとwantsを発見する。

この3つの円を重ね合わすことで実践とど真ん中が見えてくる。

ど真ん中をカタチにしていけば、ど真ん中こそ仕事(must)に変わり…、と循環が生まれる。


この循環を支えるのが座右の問い

そして大志へとつながる。

さらに、時を経て大志がカタチになっていくことで、血・育ち・教えへと循環していく。


この小さな循環と大きな循環の2つの循環。

この上の層には、地域や業界の循環があり、その上には人類の歴史の循環があるのだろう。



人は誰もが、この循環の大切な一員なのだ。


また時として、成長ではなく変容するタイミングが現われる。


変容とは、幼虫が蛹に変わる、蛹が蝶に変わるというような、線形的な変化や成長ではなく、非線形な劇的な変化だ。


僕の場合、小学5年生のとき、大学4年生のとき、そして最近と3回の変容を経験した。

病弱だった子どものころから、スポーツを始めたことで、自分の中にある可能性に目覚めたたことによる変容。

個人が強くなるだけでは限界があり、リーダーシップも必要だと気づくことで変容できた大学時代。

家族と歩むことことを魂の成長として学ぶ今。


では、変容はどんなタイミングで起こるのか。


①血育ち教えの解釈が変わる

②志を抱く、または変わる

③大志を抱く


この3つのどれかになるのではないか。


1、生まれ育った地域や国の歴史に触れることで、今まで当たり前のように見ていた景色が一変し、全く違う景色として映るようになり、血・育ちの事実は変わらないが解釈が変わり変容する。


2、実践を繰り返す中で、エッジエフェクトが連鎖的に起こることで3つの円が広がり、これまでは関係ないと思っていたことが自分事に変わり、志が変わることによる変容。


3、もう一層上にある自分の影響外にある歴史の大転換やテクノロジーの進歩、大規模災害による価値の強制的変化に伴い、志を抱く(または変わる)、または大志が定まることによる変容。

 

これらを自らの意志で変容を起こしていくことを考えた時、謙虚な学びと出逢いの大切さに気付かなければならない。

歴史、テクノロジー、異業種からの学び、そしてご縁が、変容へ向かう入り口へ導いてくれる。

3の自分ではどうすることもできない変化だとしても、それをどう受け止めて解釈するか、それは結局自分の意志でしかない。

新型コロナの問題に関してもそうだろう。


そうやって、成長と変容を組み合わせて螺旋を描きながら歩んでいくのだろう。


つまり、人はなぜ学ぶのか

それは人となる道であり、変容への道のため。

それが生きがいなのではないか。


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