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人類学的視点

思考の海を楽しむ


昨日の午前中は、久しぶりにイーラボでど真ん中エディットワークを開催した。

ワークの内容は、少しずつ変化させていっている。

 

この1年間ぐらいのテーマは、主体的に物事を捉えながら、物語を編集していくことを念頭に置いている。





人間は事実で生きるのではなく認識の世界で生きる。
人間の脳は物語の中で生きることに親和性が高い。

この2つの言葉は、今ハマっている「コテンラジオ」の中で出会った。

これは、認知革命により、実際に存在しないものをあるものだと理解する力を手に入れたことによるひとつの側面なのかもしれない。


だからこそ、世界中あらゆるところに神話があり、神話の中で生きている。

その神話の中の神を殺したのは科学。


現代は、科学を中心とした社会になっているが、それは人間の脳にとって快適かといえば、実はそうではなく不自然な状態が続ているとみることができるようだ。

にもかかわらず科学による大いなる恩恵を受けているわけだ。

神話の世界だけでは理解ができない事象を解明する力。

再現性がある力。


ホモサピエンスは、認知革命のおかげで集団を形成できた。 お金を信じることができた。 資本主義といった主義や会社というものを信じることができた。


この目に見えないもの信じあう社会システムと、科学的思考の2つの力が、今の文明を作り上げてきた。

つまり、認知革命と科学技術の融合のおかげにほかならない。


社会全体ではそうだが、それを個としてどう生きるのか、ここが不十分なのだろう。


科学的思考という人の脳にとっては不自然な状態から、物語の中で生きるという自然な状態に戻ることが正しい選択なのか。 それも違うだろう。


科学の進歩の世界で生きながらも、自分の物語を生きる。 この二つの統合がとても大事になってくるように思う。


ど真ん中エディットワークでは、ひとつひとつ細分化して、選択と集中で、自分の価値を高めてきた道を、編集しなおし、自分の物語の世界を作る。


これは何気に大事なことなんじゃないか。

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