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仲間があるから失敗がある。

師の大切さを改めて考えさせられる出来事が起きている。

今日は改めて論語を読んでみた。

パッと目に付いた論語に出逢った。



子曰く 人の過ちは、 各々其の党に於いてす。 過ちを観てここに仁を知る。



人の失敗は、一緒にいる仲間の中で起こるものです。 失敗をよく観てみると、 その人に仁があるかないかがわかります。


そんな意味の章句だ。


仁は、思いやりの心。


もう一歩深く章句を読み解くと、

たとえ失敗しても、そこに仁があれば大丈夫。 その人の失敗や間違いをよく観察すると、人柄もわかる。

そんなことを伝えてくれている。



この章句で考えるべきは

「失敗」とは何か。 「仲間」とは何か。

という問いを考えさせられる。


「人の失敗は、一緒にいる仲間の中で起こる」とは、どういうことなのか?


たったひとりで処理できることは、失敗と呼ばないのかもしれない。

それは失敗というより、単に練習の過程、試し、実験に近いことなのだろう。

失敗とは、仲間との関係性の中で、自分以外の誰かに対して迷惑をかけたこと、仲間との共通の目的がうまくいかなかったことだということに気づく。


つまり、失敗があるということは、仲間がいるということになる。



では、仲間とは?


同じ師、同じ志があり、共に学ぶ同士ということになるだろう。



つまり、失敗ができるということは、仲間がいるということ。 仲間がいるということは、師、志があるということ。


そういう気づきを与えてくれる章句だ。


そして、失敗の原因に仁があるのかないのか。 それが大事なんだと。


同時に、師の大切さ、志を抱くこと。

これが始まりであるということも伝えてくれている。

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