top of page

天才を生きる

14歳からの哲学

考えるための教科書

池田 晶子 著

読了、、、できず。



ひとつひとつ、考えながら読む。

何度も何度も睡魔に襲われる。

決して内容が面白くないとかではない。

不思議な本だった。

読み終えることを目的とせず、これからじっくりと付き合っていきたいと思う一冊。

 

その中で、ひとつだけ紹介したい。



19 本物と偽物


本物とは何か、偽物とは何か。

まず分かりやすいのは、偽物だ。

偽物が存在できるのは、本物があるからだと、書かれてある。

 

確かに。

偽物とは、何かを模倣したもの、真似たものなのだから、その真似るための本物が必要だということだ。

そう考えると本物とは何かというイメージが分かりやすくなってくる。


つまり、本物とは、なにか秀でた才能をもったすごい人、多くの人に影響を与える価値の高いモノということではない。

本物とは、独自である、オリジナルであるということ。


ただ、本物とは、人の真似をしない生き方、自分を生きるということだが、人とは違う個性的な生き方ではないということ。

人と違う生き方を考えるということは、その時点で、誰かと比較しているということになる。 人が何と言おうが、誰にどう見られようが関係ない。

やりたいからやる。

したいからする。

そんな生き様が本物だということになる。


そして、どうせなら、本物と偽物を見抜けることができる人間になること。

そのためには、自分自身が本物になるしかない。

なぜならば、本物を見抜けることができるのは本物だけだから。


ここまでで、お腹いっぱいになりそうなのだが、ここからさらに深く深く思考がつづいていく。


本物が生み出す絵、本物が生み出す音楽、本物が生み出す作品は、どのように生まれるのか。


没頭だ。


やりたいからやる。

「何か」に突き動かされているように、ひとつのことに没頭し、生み出される作品。

しかも、当の本人は、「何か」に突き動かされているという感覚すらない状態

つまり「我」を忘れている状態だ。

「我」がないにもかかわらず、やらずにはおられない。

そんな状態で生まれる作品が、本物の作品だ。

つまり、我を捨て天と繋がる仕事をするということ、これが天才の仕事だ。


天才とは、本物の生き方をしている人間が、やりたいことをやりつづけ、我をもなくなり、何かに突き動かされているように没頭できる人のことなのかもしれない。



では、天才が生み出した作品は、人を感動させる作品なのか。

そうではない。

天才が生み出した作品だから感動するのではない。

あなたがその作品を見て感動するかどうか、主観の問題だということ。


では、感動とは何か

何かに共感し、心が動いた状態が感動だろう。


では、何に共感したのか


我を捨て、天と繋がった作品を見て感動したということは、制作者に共感しているわけではない。

だって、製作者は我を捨てているのだから。

つまり、あなたが共感したのは、制作者ではなく、あなた自身も天と繋がり、その天の意志に共感したのではないか


つまり。


天才の作品を見て感動したということは、あなた自身も天と繋がっているということである。

そういう意味では、あなたも天才なのだ。


天才を見分けられるのは、天才でしかない。



どうせ生きるのなら、本物を見分けられる人間になること。

つまり、自分が本物の生き方をすること。

自らが本物の生き方をし、同じような生き方をしている本物が、我を忘れて没頭して生み出された作品に触れ、心を動かされる。

そこに感動が生まれたのなら、自分も天才なのだ。


天才を生きる。


これは、ぼくにとっても、「ど真ん中を生きる」の次のテーマのようにも感じた。


最新記事

すべて表示
推譲とペイフォワード

土曜日の朝は、1週間の振り返りの音読会になる。 その中で「ペイフォワード」の話があり、ふと、二宮尊徳の「推譲」のことを思い出した。 ■ 推譲とは何か ― 自譲と他譲、そして循環という視点 まず、尊徳のいう「推譲」には、二つの側面がある。 ひとつは「自譲(じじょう)」、 もうひとつは「他譲(たじょう)」である。 自譲とは、自分の欲を抑え、生活の上限(分度)を守ることで、 未来のために備えをつくること

 
 
 
プペル

映画『えんとつ町のプペル 約束の時計台』 本『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』 この2つを重ねながら、プペルについて勝手気ままに語ってみたい。 我が家は、前作のプペルがとてもよかったので、妻と次女と末っ子が先に鑑賞した。 末っ子は、いろんな場面で泣いていたらしい。 問題は妻である。 妻はとても繊細で、たとえばポケモンやドラえもんですら大泣きするタイプだ。 その妻が、末っ子が大泣きした

 
 
 

コメント


bottom of page