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社会起業家を目指す、、の罠

社会起業家という言葉も、もうすっかり一巡した感じはある。


社会起業家を目指す。

なぜこれが魅力的な言葉と感じるのか。


論語とそろばん

社会全体として、ひとつの価値ではなく、

二つの価値を組み合すという視点になってきているからなのだろう。

 

ただ、この言葉のニュアンスがちょっと気になる。

 

社会起業家を目指す。


モトをただせば、

自分のなすべきことに真剣に向き合う。

 

そうすれば、自然に

「世の中にはこんな課題があるのか」

「こんなことで悩んでいる人たちを助けたい」

といった、今まで気づかなった社会課題が見えてくる。

 

そのとき、はじめて

「じゃあ、自分だったら何ができるんだろ」

って考えることになる。


社会課題は、外部から探すのではなく

あくまで、自分のなすべきことに向き合ったからこそ

自分ごととして気づいたことであるべきだと思う。

 

そして、自分だからこういったアプローチができる。

と動き出す。

 

 

つまり、

社会起業家を目指す。

という言葉の違和感の正体は、


いつのまにか社会起業家と呼ばれる存在になっていた。

が正解なのだろう。

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