自分への嘘
- yamashina shigeru
- 4 日前
- 読了時間: 5分
未来を創ろう(2)
「経営はロックだぜ!」
鳩居堂コンサルティングオフィス 代表の奥田 博一さんとのど真ん中名刺づくり。
まずはワークシートを軸に対話をはじめます。
▼鳩居堂コンサルティングオフィス
前回までの振り返り
奥田さんのやるべきことは、企業課題を解決していくこと。
その中心軸にあるのが、新規事業開拓だ。
これは、奥田さん自身の原体験に基づいています。
新規事業に取り組むことで、これまで見えていなかった外部環境と内部環境が見えてくる。
すると視点と視座が変わり、もう一歩深いところにある企業課題に気づける。
同時に、視点と視座が上がることで、人が成長する。
人が成長すれば、企業も元気になっていく。
そういったサイクルを生み出していきたい。
そんなお話でした。
そのうえで、奥田さんにとっての wants(ワクワク)を聴きます。
(奥田)
自分たちも気づいていない可能性を掘り起こすことで、人が喜び、元気になっていくこと。
支援している会社や人はもちろん、新規事業であれば、そこに新たに関わるお客様も元気にすることができる。
自分が過去に経験したような体験を、みんなにもしてもらいたい。
(山科)
ぼくだけの感覚かもしれないが。
課題 → 新規事業 → 成長 → 課題 → 新規事業 → 成長
このサイクルを進めていくと、
「そもそも資本主義はどうなんだろう」という問いに近づいていくのではないか、と感じている。
視点・視座を上げ続けていくと、
「成長し続けることは本当にいいことなのか」
「幸福とは何か」
「資本主義経済で正しいとされていることは、本来どうなのか」
といった、より根本的な問いに行き着くように思う。
そうなると、次に何をすべきか頭では理解していても、ブレーキをかけてしまう自分が現れる。
(奥田)
その感覚は分かります。
ただ、自分はブレーキではなく、アクセルを踏むタイプかもしれない。
(山科)
ブレーキを踏むと思うことは、きっと、ぼく自身の課題なんだろうなと思っている。
ブレーキを踏もうとする。
一度踏みとどまろうとする。
「成長していくことが、本当に幸せなのか」と本質的な問いに興味が生まれる。
それは一見、広い視座を持っているからだとも言えるけれど、その裏側には「恐れ」があるのかもしれない。
視座が高いことを理由にして、自分の責任から逃れようとしているのかもしれない。
(奥田)
ぼくは、もう少し本能的な感覚で動いている。
生物として、戦わなければ死ぬ、という潜在的な意識がある。
だからアクセルを踏む。
ただ、それは「失敗してもいい」と思っているからかもしれない。
一方で、失敗したくない領域があるのも確かです。
その領域では、山科さんと同じような選択をするかもしれない。
その失敗したくない領域では、結論を出したくない。
だから避ける。
先延ばしにする。
新規事業開拓のように、新しい領域であれば、失敗してもいいと思える。
でも、自分が積み上げてきた領域に対しては、違う。
ここでアクセルを踏んで失敗することが怖い。
だから踏まない。
「これはこのままにしておこう」と。
そういう側面もあります。
自分の中に、絶対に壊したくないものがあるのだと思います。
(山科)
領域が分かれているのも面白い。
どんな人であっても、すべてにアクセルを踏むことはないはずだと思う。
奥田さんの言う、先延ばしにする感覚もよく分かる。
自分の中で、向き合うのをやめていること、先延ばしにしていることがある。
なぜ先延ばしにしているかというと、「そうしたほうがいい」と自分では思っているから。
今、結論を出すよりも、5年先、10年先に先延ばしするほうが正しいと感じている。
これは論理では説明できないけれど、直感的にそう思っている。
もし今答えを出すと、いろんなものを手放し、崩壊させる可能性がある。
だから一旦保留する。
自分の中の判断を最近まで、そう思っていた。
でも、最近その正体に気づいた。
「そう思いたいから、そうしているだけ」だった。
直感に確信があるのではなく、自分に嘘をつき、それを正当化していたのだ。
(奥田)
ぼくもまったく同じです。
毎日、それと向き合っています。
(山科)
その心の動きに気づいたとき、「ヤバい」と思った。
自分で自分に嘘をついて、その嘘を本物として信じている状態。
嘘をついているのは自分なのに、嘘をついていることを忘れてしまう。
気づけば、嘘が自分の中の真実になっている。
すると、思い込んでいるから不安はない。
でも、その構造に気づいてしまった。
(奥田)
分かります。まったく同じです。
そういう弱さも、嘘をつく自分も含めて、自分なんですよね。
矛盾だらけで、欠陥だらけ。
それが人間なんだと思う。
人は死ぬまで悩み続ける生き物。
結局、正解はない。
(山科)
こういうテーマに向き合うと、弱さをさらけ出しているように見られがちですよね。
でも実際は、強くあろうとする姿なんだと思う。
ただ、社会の中では、こうした弱さの吐露はネガティブに捉えられやすい。
「言わないほうがいい」という空気がある。
そのこと自体が、子どもにも大人にも影響している気がします。
(奥田)
本当は、人間なんてその程度のもの。
そこを認めないといけないはずです。
聖人君子を基準にすると、どうしても不完全に見えてしまう。
でも、みんなそんなに立派じゃないし、不完全なんです。
心の中では、みんな分かっているんじゃないかと思う。
だから、こうやって対話すれば伝わる。
(山科)
子どもたちは、大人以上に気づいているのかもしれない。
だからこそ、しんどくなる。
先生を見て気づく。
大人の言動を見て気づく。
「なんで、みんな嘘をついているんだろう」と。
つづく。




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