ポットキャストで、久しぶりに星野道夫の言葉に出逢う、心が震えました。
例えば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろう。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるか? 写真を撮るか、もし絵が上手かったらキャンパスに描いて見せるか、いや、やっぱり言葉で伝えるか。 確かに私たちは、言葉や写真・絵などを使って、最大限その美しさを伝えようとする。けれど、やっぱり美しい景色はどんなに素敵に表現しても、実物に勝るものはない。 表現しきれない美しさを、感動を、ひとりぽっちで観てしまったら、果たして私たちはどう伝えればよいのだろうか? 自分が変わってゆく事。 夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆく事だと思う。
見ること。
その場に立つということ。
届けたい相手のために自分が変わるということ。
自分が変わる大きなエネルギーを受けとめる。
すると、富山で長年「地球交響曲」の自主上映会を運営されている平野さんから、ちょうど大丸京都で、星野道夫写真展が開催されていると聞き、妻と見に行くことができた。
大いなる自然の迫力に出逢うと、人は優しくなれる。
星野道夫が20歳の時に、アラスカのシシュマレフ村村長と交わした手紙が展示されていた。
当時、1冊の写真集でアラスカの自然を知り、自分が憧れる誰も知らない土地へ行きたい。
その想いを英語で手紙を書き送ったのだ。
そこから旅が始まる。
「飾る言葉のないシンプルな手紙。だからこそ、パワーを感じる。」
妻の感想を聞いた瞬間、涙があふれた。
ある親子の会話。
「お父さんはこの本を何度も何度も繰り返し読んだんだ。」
「君が大きくなったら、読んでほしいな。」
妻が響いた言葉。
きっと人間には、二つの大切な自然がある。 日々の暮らしの中でかかわる身近な自然、それは何でもない川や小さな森であったり、風がなでてゆく路傍の草の輝きかもしれない。 そしてもう一つは、訪れることのない遠い自然である。ただそこに在るという意識を持てるだけで、私たちに想像力という豊かさを与えてくれる。 そんな遠い自然の大切さがきっとあるように思う。
ぼくが響いた言葉。
人間の歴史は、ブレーキのないまま、ゴールの見えない霧の中を走り続けている。 だが、もし人間がこれからも存在し続けていこうとするのなら、もう一度、命がけで、僕たちの神話を作らなければならない時が来るかもしれない。
富山に戻り、昔読んだ星野さんの本を探す。
3冊見つけることができた。
きっと、人はいつも、それぞれの光を探し求める長い旅の途中なのだ。
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