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更新日:2019年9月18日


要するに誠に至るのは、何よりもまず自分に全力を挙げて打ち込むということです。

すなわち全身心を捧げて、それに投入する以外にはないでしょう。かくして誠とは、畢竟するに「己れを尽くす」という一事に極まるとも言えるわけです。

すなわち後にすこしの余力を残さず、ひたすらに自己の一切を投げ出すということでしょう。

しかしながら、このように自己の一切を投げ出すというには力がいります。

否、実に絶大な力を要するのです。

そしてここに、誠が絶大な力と言われるゆえんがあるわけです。

同時にこのように自己の一切を捧げ、己れを尽くし切るところ、そこにおのずから一筋の道が開かれてくるわけです。

これは何も自ら道を開こうと考えてしたことではないのですが、自分が体当たりで打ちかかっていくところから、そこにおのずと開けてくる道と言ってよいでしょう。

これに反して、自ら一道を開こうと考えるのは、実はそこにまだ「我」が潜んでいますから、真の「誠」とは言えないわけです。

これは修身教授録の第36講「誠」から抜粋した文章です。

2カ月に一度、修身を学ぶ会富山をELABOで開催しています。前回がこの「誠」でした。

ど真ん中名刺を作るきっかけは、まったく「誠」とは程遠く、これから地方の軽印刷として如何に生きるべきかを考え、「我」のみから発したプロジェクトです。

ただ、ど真ん中名刺を作る時間は、「誠」でありたいと思っています。

そして、おのずから開く道。

その道がどんな道となるのか、まだはじまったばかり。

次回の修身を学ぶ会富山 in ELABOの日程はこれ

7月12日10時

<授業> 第38講 小学教師の理想 第40講 わかれの言葉 持ち物 ・教科書(指定のものに限る) ・えんぴつ(指定のものに限る) ・二度とない人生、この命を、この時間に使う覚悟。 参加費 ELABOマンスリー会員 無料 他 500円 詳細はこちら

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