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醜さ

修身を学ぶ会富山

第6講 意地と凝り性


ひとかどの人間になる人は、小さい頃から、いろいろその特徴がある。

それが、「意地」と「凝り性」だということ。


ただ、どちらも、そのままだと、他者との比較の世界だったり、醜い人間の欲望である。

それを純化させていくことが大事だ。

純化させていくには、反省を怠らないこと、偉人が残した力強い人生の歩みと「教の力」が必要だ。


今回の章は、こんな内容だった。



さて、今回、タイトルになってる「意地」と「凝り性」というテーマから離れて、自分が生まれながらにもっている気質の中で、一体何が、「醜い人間の欲望」になりえるもので、それを純化させていくことで変容可能なのものは何か。

思いをめぐらした。


なかなか言語化することができず、結局うまく感想を書くことができなかった。



それでも、曖昧ながら言葉にできたのは

・状況に潔く甘んじ、受け入れること。

・嵐が過ぎ去るのは待ち続けること。

なのかもしれない。


一見、どちらもいいように思われるかもしれないが、ぼくの心の中ではすごく醜い心が渦巻いている性質なのだ。


正々堂々と自分の意志を伝え合うということに恐れを感じて、逃げているのだ。

自分の本心が伝わるのが怖い、恥ずかしい。

恥ずかしいという感情のほうが強いかもしれない。


「受け入れる」「待つ」という選択を選び、課題を再解釈してみたり、時間をかけることで、問題が問題にならなくなるまで薄める。

それは自分の責任の重さを薄める行為でもある。


そういった、大人の仮面をかぶり、駄々っ子のように、ひたすら逃げることを望んでいる醜さがある。



共に学んでいる浦井さんから

「きっと、争いを避ける選択をしているのだろう」

と指摘された。



確かにそうだ。


争いを避けるのだ。

常に争いを避けることを意識しながらも、その場から身を引くことを嫌う

ここにぼくの醜さがある。

そして、あわよくば、相手のほうが根負けすることを無意識に願っている。

まさに、「意地」と「凝り性」である。


いやあ、ここまで考えると、本当に醜い。

笑える。



純化。


この自分の気質をこれまでの人生で、「純化」させていくこともしていたように思う。


たとえばスポーツの世界だと、チームメイトと争うということを嫌い、唯一無二な存在になる努力を行う。

ひとつだけでもいいから、誰にも負けない技術を磨き続ける。

争う必要のないポジションを見つける、一直線にそれを狙う。

結果的には、それが自分とってもチームにとってもいい方向に動いた経験がある。



実は、ど真ん中名刺の根源にあるのも、この醜い欲望を純化させたいという心の現れなのかもしれない。


つまり、「受け入れる」「待つ」という行為は、自分の心を偽るということになりかねない。

しかし、それは、したくない。

逃げたくないのだ。


状況を受け入れ、自ずと自分以外の誰かから答えが出ることを待つという姿勢は、一見、本心を偽るような姿になりかねない。

しかし、「思い」「言葉」「行動」を一致した第三の答えを発見し、そこに本当の自分を見出そうとする実践が、ど真ん中名刺のプログラムだ。


自分の選択の正当性を証明するために、物語を編集し、重なり合う答えを発見しつづける。

まさに反省を繰り返しながら、純化しようとしているのかもしれない。




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