意図せず世代を超える
- yamashina shigeru
- 4月26日
- 読了時間: 2分
修身を学ぶ会富山
修身教授禄続
第2講 立志
「死後に生きる」というテーマに対して、すごく共感していた時期があるのだが、一度躊躇した時がある。
「人生二度なしという覚悟で生きているが、死後に何かを残す生き方は選びたくない」
そんな声を聴いた時だ。
その発言を否定したいという感情が生まれたことを思い出す。
心が揺らいだ。
今、どう思っているのか。
大事なのは、時の流れを一度手放す。
時間を超える。
時間が消える生き方が大切なのだと思う。
一日の時間の中で、どれほど時を忘れ何かに夢中になれている時間を生きているか。
それが大切なのではないか。
自分のエゴのために夢中になるということではない。
いや、本当の意味で夢中になれるのは、エゴを満たすものではないはずだ。
何かの力で突き動かされる。
この自分の範疇を超えた力を信じてみることなのかもしれない。
これも言葉って不思議なもんで。
「信じてみる」と書いてはみたが、実際は違う。
夢中になっているときは、信じるもなにも、すでにそうなっている。
言葉に置き換えた瞬間に、過去から今、今から未来に流れていく時間を意識することになる。
だけど、本当は、流れがない。
流れがないことを言葉にするのは非常に難しい。
話を戻す。
その自分の範疇を超えた力の源泉は、きっと多くの方と繋がっている夢なのかもしれない。
もしそうなら、その力から生まれた志は、意図せずとも世代を超えて、現実となる力があるのではないか。
次回
6月26日(木)20時から開催です。
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