top of page

真実の生活

更新日:2019年9月18日


昨夜は、久しぶりに「修身を学ぶ会富山」富山会場の勉強会でした。

テーマは「真実の生活」。

梯子を一段でも上に上がることを目指すか。

それとも、今、この場所にとどまり、

目の前の壁を掘り進めるか。

それは、

生きている中で、

何度でも問われる内容だ。

今新しくやろうとしていることが、

覚悟を決めて掘り進めていることに当てはまるのか?

それとも、一旦掘り始めた穴から出て、一段梯子をあがり、改めて掘り始めようとしていることになるのか?

また、

ひょっとして、あと一振りで金鉱がでるのかもしれない。

あと、10年掘り続けなけれな、金鉱はでないかもしれない。

その不安と現実に、どう向き合うか。

人は、その時、

「自分はこんな想いで掘り始めたんだ」

という根っこの定義自体を自分の都合のいいように湾曲させ、再定義し、

自分を安心させることだってできる。

それも人間だ。

つまり。

どこまで自分に誠実であるかどうか。

そこが問われる気がする。

では、誠実とは何か?

最新記事

すべて表示
無限の時間を生きる

修身を学ぶ会富山 第13講 伝記を読む時期 偉人とは、自己の生命を最も深大に生きた人と言えるでしょう。 今回は、この言葉が心に留まった。 どこまで深く生きるか――そこには制限がない。 では、ここでいう「深さ」とは、どのように捉えるべきだろうか。 肉体的な生命の長さには限りがあるが、生命を深く生きることには制限がない。 この「制限」という言葉の含みには、「時間」をどう捉えるかという問いがあるのだろう

 
 
 
自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」とい

 
 
 
発願

修身を学ぶ会富山 第9講 発願 「道の上では師に譲らず」 第9講の最初のところに、この言葉が紹介されていた。 この言葉にすごく似た有名な論語の章句がある。 仁に当たりては 師にも譲らず 自分の心にある「仁」。 思いやる心、相手を大切にしたい気持ち、大事にしたい気持ち。 自分が一生ついていこうとする尊敬する師がいるとして。 その師からのお願いだったとしても、自分の中にある「仁」に反することであれば、

 
 
 

コメント


bottom of page