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希望の種を拾う

修身を学ぶ会富山

第7講 身代わり


小学校の低学年だったころ、同級生が雪の事故で亡くなるという出来事が起きた。

当時担任だった、いつもやさしい女性の先生は、事故後、まるで別人のように表情が硬くなり、少し冷たい空気を常にまとっているようになった。

その変貌ぶりがあまりにも印象的で強く記憶に残っている。


きっと、その時の担任の先生は、感じるの必要のない「責任」と、死を覚悟したのかもしれない。


数か月間に、この話を人生で初めて姉に話す機会があった。

すると、想像もしなかった話を聞くことになった。


姉曰く、

「しげる(僕)の話してくれた内容と全く同じ話を聞いたことがあるよ。」

「その先生って、もしかして〇〇先生でしょ」

「実は、以前婦人会か何かの集まりで〇〇先生にあったときに、呼び止められたの。」

「そのときに、その事故の話になり、当時の山科君には申し訳ないことをした、と。」



これは僕が当時、特別な生徒だったわけではない。

つまり、先生は、当時のクラス生徒、全員の名前と顔、そして、自分が変化してしまったことを忘れずに生き続けているということなのか。

そして、いつか生徒に謝りたい、そんな気持ちを何十年も抱き続けていたのかもしれない。


当時を振り返ると、先生の変貌ぶりに驚いたが、それが痛みになったことはない。

ただ純粋に、こんなに人は変わるんだ、という少し醒めた感じて観察していたように思う。

ただ、この変化を同級生みんなが理解しているようには思えないし、それを語ってもいけない気もしていて、特に理由があるわけでもないけど、他者に語ることをしてこなかっただけだ。


このエピソードは僕に何を残してくれたのだろうか。


ゆっくり考えていると、「死」と向き合う3つの出来事を思い出した。

そのうちの1つを紹介したい。


大学時代に後輩のマネージャーが交通事故で命を落とした時。


部員の中で最もそのマネージャーと関わっていた立場だった。

悲しみに身を委ねて当然だったかもしれない。


しかし、そうはならなかった。

感情に巻き込まれなかった。

むしろ「今」にもっとも集中できた時だったかもしれない。


自分の感情と在り方に向き合った記憶がある。

この感情はどこからやってきているのだろうと。


そして、目の前の出来事の奥になる希望の種を拾いに行くこと。

それに集中したことを思い出す。



そこから、本を読むジャンルが変わり、世の中にある普遍的な真実を掴もうと必死に学び始めることになる。

いろんな大人のコミュニティに参加するようになる。

これが、今のぼくのすべてのはじまりを産んだ。



今回は紹介を控えるが、残り2つのエピソードも同じだ。


ひとつは、学びだけではなく、実践する勇気を与えてもらった。

もうひとつは、覚悟の重さを実感することができた。


この行動がなぜできたのか。

これは、担任の先生の変貌ぶりをみていたからかもしれない。


今のぼくの信念に近い在り方に反映している。







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