top of page

修身を学ぶ会富山

第32講 教育と礼




弓道をはじめてちょうど一年が経つ。

弓道場は、射水神社の敷地内にある。


通い始めて10ヶ月目ぐらいに、ようやく気付いたことがある。

それは、どの道を通っても弓道場に行くには、必ず鳥居をくくらなければならないということ。

鳥居の前で、立ち止まり礼ができていたかと言えば、否。

およそ10ヶ月間、鳥居の存在に気づくことができなかったのだ。

 

目の前に大きくそびえる鳥居が目に入らない。

ようやく最近、鳥居の前で「礼」ができるようになった。

それまでは、無自覚だったのだ。


目的や意識の違いで、人は見たいものしか目に入らない。

これはなんとも衝撃的な体験だった。

 


弓道の昇段審査は、「礼」から始まる。

どこに意を注ぐのか。

どんな姿勢か。

先生から、必ずこの最初の「礼」の出来不出来を注意される。



なぜ弓道を始めたのだろうか。

これはよく質問される。


普段は「特に理由があるわけではなく、思い立ったから」と答えている。

これは嘘でもなく、正しいのだが。


自分の内なる声に耳を澄ませてみると、年齢や立場などに関係なく、人間が及ばない何か大いなる力に対して、「礼」をさせていただける道を探し求めていたのかもしれない。




最新記事

すべて表示
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 
無限の時間を生きる

修身を学ぶ会富山 第13講 伝記を読む時期 偉人とは、自己の生命を最も深大に生きた人と言えるでしょう。 今回は、この言葉が心に留まった。 どこまで深く生きるか――そこには制限がない。 では、ここでいう「深さ」とは、どのように捉えるべきだろうか。 肉体的な生命の長さには限りがあるが、生命を深く生きることには制限がない。 この「制限」という言葉の含みには、「時間」をどう捉えるかという問いがあるのだろう

 
 
 
自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」とい

 
 
 

コメント


bottom of page