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2024年4月25日
読了時間: 1分

修身を学ぶ会富山

第32講 教育と礼




弓道をはじめてちょうど一年が経つ。

弓道場は、射水神社の敷地内にある。


通い始めて10ヶ月目ぐらいに、ようやく気付いたことがある。

それは、どの道を通っても弓道場に行くには、必ず鳥居をくくらなければならないということ。

鳥居の前で、立ち止まり礼ができていたかと言えば、否。

およそ10ヶ月間、鳥居の存在に気づくことができなかったのだ。

 

目の前に大きくそびえる鳥居が目に入らない。

ようやく最近、鳥居の前で「礼」ができるようになった。

それまでは、無自覚だったのだ。


目的や意識の違いで、人は見たいものしか目に入らない。

これはなんとも衝撃的な体験だった。

 


弓道の昇段審査は、「礼」から始まる。

どこに意を注ぐのか。

どんな姿勢か。

先生から、必ずこの最初の「礼」の出来不出来を注意される。



なぜ弓道を始めたのだろうか。

これはよく質問される。


普段は「特に理由があるわけではなく、思い立ったから」と答えている。

これは嘘でもなく、正しいのだが。


自分の内なる声に耳を澄ませてみると、年齢や立場などに関係なく、人間が及ばない何か大いなる力に対して、「礼」をさせていただける道を探し求めていたのかもしれない。




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