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誠に生きる。

大切なのは「何かをやり遂げたい」と宣言することではなく、

今の自分の役割に、一瞬一瞬に徹すること。

 

これにどんな意味があるのか?

それをすることで、どんな未来になるのか?

 

そういった問いは、重要ではない。

そうではなく、ただ、自分の役割に誠を尽くす。


では、誠を尽くすという中に、「我」をもつことは許されるのだろうか。

我が消えた時に、はじめて誠なのだろうか。


誠を目指すという世界は、剣道、華道、茶道といった型に徹した時に我を消す「道」と相通ずるところがあるように思う。

 

人は必ず死ぬ。

 

自分の役割に、一瞬一瞬に徹するという誠を尽くす生き方とは、実はすごく楽で自由な、ストレスとは程遠い生き方なのではないか。

ただ、そう生きようとした時、外の世界と比較して生きようとする自分の心と傲慢さ、それを自覚することになる。


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