top of page

志学

ある一つのことを続ける。


そうすれば道が開けることは分かる。

でも、それがいちばん難しい。

四十を超える年齢になり、よくよく分かるようになった。

 

志学とは、継続する力のように思えた。

 

継続する力とはどんな力だろう。

どうすれば継続できるのか。

やはり一番大きな要素は、自分自身の心だ。

そして、社会の中で必要とされているかどうか…。

 

いや、ちょっと違うな。


やはり、自分の心はどこにあるのか。

その心はどこからやってきたのか。

人間としてこの世に生を受け…。

 

そうか。

継続しているのは命だ。


連綿と繋がった命。


今、僕の心臓。

そこに志学がある。

 

「志」という漢字は、上が歩む足跡で、下が心臓の意味で出来上がっている。


鼓動に従って歩むと志になる。

最新記事

すべて表示
自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」とい

 
 
 
発願

修身を学ぶ会富山 第9講 発願 「道の上では師に譲らず」 第9講の最初のところに、この言葉が紹介されていた。 この言葉にすごく似た有名な論語の章句がある。 仁に当たりては 師にも譲らず 自分の心にある「仁」。 思いやる心、相手を大切にしたい気持ち、大事にしたい気持ち。 自分が一生ついていこうとする尊敬する師がいるとして。 その師からのお願いだったとしても、自分の中にある「仁」に反することであれば、

 
 
 
希望の種を拾う

修身を学ぶ会富山 第7講 身代わり 小学校の低学年だったころ、同級生が雪の事故で亡くなるという出来事が起きた。 当時担任だった、いつもやさしい女性の先生は、事故後、まるで別人のように表情が硬くなり、少し冷たい空気を常にまとっているようになった。 その変貌ぶりがあまりにも印象的で強く記憶に残っている。 きっと、その時の担任の先生は、感じるの必要のない「責任」と、死を覚悟したのかもしれない。 数か月間

 
 
 

コメント


bottom of page