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志学

2020年1月21日
読了時間: 1分

「志学」


もちろん論語の一説として聞いたことがある。

が、正直なところ「志学」の部分について

深く考えたことはなかった。



15歳で自分の生きる道を定め、

将来の見通しをたてていたことに

純粋に驚きがある。



自分の信条として

天に生かされているこの命を意識していくこと

大いなる力に自分をゆだね、日々丁寧に生きること

を大切にしていたが、



今日この講を読んだとき

「私の生きる道は何だろう」

考えても全く分からない自分に気がついた。



今、与えられているものをしっかり受け取るという意識だけでは

(もちろん、それも大切なことだが)

受け身であるとしかいえないのではないか。



天から授かったチカラの一切を出し尽くす生き方を

生涯かけて歩んでいきたいと願うのならば


もっと

考え、感じないといけない

そう思った。



40歳までに見つかるのだろうか。


そこまでには、たどり着きたいと思っている。

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