矜持
- yamashina shigeru
- 3 日前
- 読了時間: 3分
久しぶりに末っ子と親子論語塾へ。
お味噌づくりも体験できました。

子曰く、
人にして遠き慮(おもんぱか)り無ければ、
必ず近き憂(うれ)い有り。
「先を見通すこと」「相手の心を察すること」ができなければ、やがて目の前に問題が起こる。
そのような意味の章句だ。
この章句は、「遠慮」という語の語源にもなっている。
けれども、論語における「遠慮」と、現代で使われている「遠慮」は、少し意味が異なっているように思う。
現代では、「言動を控えめにする」「辞退する」といった意味で使われることが多い。
なぜ「先を見通す」という意味から、「控える」という意味へと変化したのか。
安岡先生の説明によれば
人は、自分の中に十分な“余白”や“スペース”がないとき、先を見通すことも、相手の気持ちを慮ることも難しくなります。
だからこそ、「少し待ってください」「考える時間がほしい」と伝える。
その姿勢が、今の「遠慮」という意味へと変化していったのではないか、というのです。
未来を見通すためには、まず自分の内側に余白をつくることが大切だ。
余白がなければ視野は狭くなり、見通す力も弱くなってしまう。
「今、わたしには少し余白が足りません」
そのことを正直に伝える言葉として「遠慮」があるのかもしれない。
そう考えると、「遠慮」は決して消極的な言葉ではない。
そこには、思慮深さと、相手を大切にしようとする心が息づいているように感じる。
もう一つの章句。
子曰く、
君子は矜(きょう)にして争わず、
群して党せず。
親子論語塾では、これまであまり紹介されなかった章句だ。
君子は、自分が自分であることに確かな誇りを持ちながら、むやみに人と争うことはありません。
また、多くの人と和することはできても、偏った仲間づくりや派閥をつくることはしません。
そういった意味だ
。
ここで使われている「矜」という字には、自分の才能や役割を正しく自覚し、誇りを持つこと。
さらに「慈しみ」や「慎み深さ」をあわせ持つ意味がある。
「矜持(きょうじ)」という言葉もある。
では、「プライド」と「矜持」は何が違うのか。
「プライド」は、技術や知識など外面的なものへの誇り。
「矜持」は、自分の内面のあり方への誇り、心の強さに根ざしたもの。
真にすばらしい人は、「矜持」を持ちながらも、それを誇示することなく、争いを好まない。
そして、誰とでも和することはできる。
しかし、特定の人とだけ固まることはしない。
改めて章句の良さを感じることができる。
「矛」と「今」と書いて「矜」。
矛を携え強さを持ちながらも、今この瞬間に立っている姿。
それが、「矜」のあり方なのかもしれません。
来週は、寸松塾15周年記念コンサートです。
3月22日9時15日会場
京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
500人収容できるホールで、素読と音楽のコンサートがあります。
参加費は無料です。




コメント