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矜持

久しぶりに末っ子と親子論語塾へ。

お味噌づくりも体験できました。




子曰く、

人にして遠き慮(おもんぱか)り無ければ、

必ず近き憂(うれ)い有り。


「先を見通すこと」「相手の心を察すること」ができなければ、やがて目の前に問題が起こる。


そのような意味の章句だ。

この章句は、「遠慮」という語の語源にもなっている。


けれども、論語における「遠慮」と、現代で使われている「遠慮」は、少し意味が異なっているように思う。

現代では、「言動を控えめにする」「辞退する」といった意味で使われることが多い。



なぜ「先を見通す」という意味から、「控える」という意味へと変化したのか。


安岡先生の説明によれば


人は、自分の中に十分な“余白”や“スペース”がないとき、先を見通すことも、相手の気持ちを慮ることも難しくなります。

だからこそ、「少し待ってください」「考える時間がほしい」と伝える。

その姿勢が、今の「遠慮」という意味へと変化していったのではないか、というのです。



未来を見通すためには、まず自分の内側に余白をつくることが大切だ。

余白がなければ視野は狭くなり、見通す力も弱くなってしまう。


「今、わたしには少し余白が足りません」

そのことを正直に伝える言葉として「遠慮」があるのかもしれない。


そう考えると、「遠慮」は決して消極的な言葉ではない。

そこには、思慮深さと、相手を大切にしようとする心が息づいているように感じる。




もう一つの章句。


子曰く、

君子は矜(きょう)にして争わず、

群して党せず。


親子論語塾では、これまであまり紹介されなかった章句だ。


君子は、自分が自分であることに確かな誇りを持ちながら、むやみに人と争うことはありません。

また、多くの人と和することはできても、偏った仲間づくりや派閥をつくることはしません。


そういった意味だ


ここで使われている「矜」という字には、自分の才能や役割を正しく自覚し、誇りを持つこと。

さらに「慈しみ」や「慎み深さ」をあわせ持つ意味がある。

「矜持(きょうじ)」という言葉もある。



では、「プライド」と「矜持」は何が違うのか。


「プライド」は、技術や知識など外面的なものへの誇り。

「矜持」は、自分の内面のあり方への誇り、心の強さに根ざしたもの。



真にすばらしい人は、「矜持」を持ちながらも、それを誇示することなく、争いを好まない。

そして、誰とでも和することはできる。

しかし、特定の人とだけ固まることはしない。


改めて章句の良さを感じることができる。



「矛」と「今」と書いて「矜」。

矛を携え強さを持ちながらも、今この瞬間に立っている姿。

それが、「矜」のあり方なのかもしれません。



来週は、寸松塾15周年記念コンサートです。


3月22日9時15日会場

京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ


500人収容できるホールで、素読と音楽のコンサートがあります。

参加費は無料です。







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