top of page

窮極

第39講 教育の窮極



二か月に一度の修身を学ぶ時間は、毎回いろんな気づきを与えてくれる。

今回の「窮極」という言葉もそうだ。


窮極とは 物事をつきつめ、きわめること。また、その最後の到達点。

実は、日常の中しかり、ビジネスの世界しかり、意識せずに生活していると、「窮極」の目標を語ることはほとんどないのではないか。

それは、理想を語るとバカにされるかもしれないという空気が存在しているからかもしれない。

また、SNSが普及したことにより、無自覚のうちに均一化に向かってしまう弊害なのかもしれない。


どちらにせよ、「窮極」と思えるほどの目標を語る機会や考える時間は、ほとんどないのが事実だろう。

そもそも「窮極を考える」という問いすら思い浮かばないかもしれない。

 

では、今の自分の仕事の窮極の目標は何だろうか。


日本から生まれる新しい資本主義のカタチを創る。
閉塞感がある日本のモノづくりの世界に風穴を開けるようなロールモデルを家内制手工業の世界から創る。

そういったことになる。


ただ、反省すべき点は、この窮極の目標を、日々、目の前のお客様に、目の前の仕事に、その気持ちで向き合っているかどうか。

それは残念ながらできてない。


「窮極」という問いを自分の中に持つように心がけたい。


最新記事

すべて表示
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 
無限の時間を生きる

修身を学ぶ会富山 第13講 伝記を読む時期 偉人とは、自己の生命を最も深大に生きた人と言えるでしょう。 今回は、この言葉が心に留まった。 どこまで深く生きるか――そこには制限がない。 では、ここでいう「深さ」とは、どのように捉えるべきだろうか。 肉体的な生命の長さには限りがあるが、生命を深く生きることには制限がない。 この「制限」という言葉の含みには、「時間」をどう捉えるかという問いがあるのだろう

 
 
 
自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」とい

 
 
 

コメント


bottom of page