top of page

師の光

第10講 尚友


ひょっとしたら、小学生の時代に、師に逢っていたのかもしれない。

そんな想いが込み上げてきた。


人を知る標準は

1,いかなる人を師としているか

2,一生の目標

3,今日までの経緯

4,愛読書

5,友人


この5つが分かれば、その人はどんな人物で、どんな方向に進もうとしているか分かると書かれてある。

では自分にとっての5つは何か。


そしてまた、実はこの5つは、最初の師が定まることで、その光に照らされているということだ。つまり、師が残りの4つに大きな影響をもっている。

 

であるならばと、、、、。自分を省みてみた。

 

今、自分にとっての師は、父である。ヤマシナ印刷の社長であるという事実と幼少のころから見てきて姿を通して、間違いなく師だと言い切れる。

 

しかし、ひとつ分からないことがある。

それは、今の自分自身の価値観になったのはいつのことだろうと。

 

過去にさかのぼると、かなり幼少のころより、今とほとんど変わらない価値観を持っていた記憶がよみがえってくる。


一例をあげると、小学校に対する考え方だ。

ぼくは小学校を江戸時代のような寺小屋のような場所だと信じていた。

 

人生の修行の場だと。


授業が終われば、黒板の下の汚れを拭き掃除する。

休み時間は、ひたすら漢字の勉強をする。


そんな心意気であった。

それもいつしか周りに合わすようになり、することをやめてしまったのだが…。

 

そう、何か小学生だった当時の感覚と、今の感覚は、ほぼ同じなのだ。

もし、その価値観が師の光に照らされたものであるのならば、師とはだれだったのだろうか。

 

父ではないような気がしている。

しかし、誰だか何も思い出せない。

 

自分のことであるのに、この記憶だけが唯一不思議でならないことなのだ。

思い出せない。

 

一日経って。


もうちょっと思い出した。

小学校をそういった感覚でいたことのひとつの理由が

自分は特別な人間にならなければならない、という気持ちが強かったことを思い出した。


漫画ではなく本を読む。

クラシック音楽を聴く。


こどものころは、この2つとも苦痛まではいかなくても、ワクワクするようなものではなかったかもしれないが、自ら感心をもって挑んでいた。

 

じゃあ、なんで特別な人間になろうとおもったのか。


今思い出せるのは「死」の恐怖だ。


死んでしまうこと。

命は永遠につづかないという事実。

それでも人間として生まれたことのすごさ。

小学生のころだと思うけど、「蟻じゃないんだ、人間なんだ」って思ってた記憶がある。


でも死は免れない。


死の恐怖を忘れるための物語として、特別な人という憧れが湧いたのかもしれない。

なんか、そんな気持ちで考えてたことは記憶に残っている。


「あ、こんなこと考えているって、絶対に親には言えない」

と思ってた。


最新記事

すべて表示
諦める人生

修身を学ぶ会富山 第12講 「感想」を読んで 「自分の人生を真実に生きる」と本気で考える人は、一体どれくらいいるのだろうか。 これまでの人生を振り返ると、ぼくは何度も自分の人生をあきらめてきたように思う。 中学時代、落合信彦氏の本に出会い、夢中になって読み漁った。 本の中には、自分の足で世界を歩き、自らの人生を切り拓いていく生き方が描かれていた。ぼくはその生き方に強く共感した。 しかし、自分の進路

 
 
 
人生の深さ

修身を学ぶ会富山 第14講 人生の深さ 人生を深く生きる人は、身近に誰がいるだろうか。 そう考えたとき、真っ先に妻と子どもたちの顔が浮かんだ。 妻も4人の子どもたちも、誰かと比較することはできない。 一人ひとりが見ている世界も、感じていることも、向き合っている方向も違う。 それでも、それぞれが人生を深く生きていると感じる。 「世の中に繊細であること」 これは一見すると、生きづらさの象徴であり、世の

 
 
 
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 

コメント


bottom of page