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心の鏡

人と禽獣の異なるゆえんは、自分の使命を自覚しているかどうか、さらにそれを自覚することで、生涯をどう生きるか、行動に落とし込めているかどうか。

 

この人間としての生き方を、果たしてできているか…。

 


人間として正しい道を知るためには、自分の姿を我と我が心にはっきりと映す鏡のような心にならなければならない。

そして、自分の真の位置、自分は今どこに存在しているのかを知る。

 

正しい道を見つめ、自分の位置を知り、それをもって、自分の使命を自覚しなけれなならない。

 

では、自分の心に鏡を持つにはどうすればいいのか?

 

そこに問いは戻ってくる。

 

誠の心なのか。

今、大きく問われているのは「誠」なのだろう。

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