応援者
- yamashina shigeru
- 2 日前
- 読了時間: 4分
違和感、ワクワク、を行動につなぐ(5)
シニア×学生でハッピーな社会を
学生団体「あなろまっち」の共同代表だった小林生真くん。
大学卒業後、地元に戻り就職するも、そこで感じた「違和感」「ワクワク」に向き合い、改めて地元を離れ、富山に戻る。
そして、市民活動サポートセンターとやまの理事として活動するということで、ど真ん中名刺のリニューアルを行いました。
前回からのつづき
▼市民活動サポートセンターとやま
▼あなろまっち
(山科)
ここまでを少しまとめるね。
個人の中には、違和感やワクワク、そこから生まれてくる感情がある。
それをそのまま放置すれば、いずれ消えてしまったり、見ないようにすることもできる。
でも、せっかく感じているものがあるのなら、それを信じて一歩踏み出してみる。
それは一見、とても個人的なことで、誰かのためでもないし、将来どうなるかもわからない。
ただ、自分の中に芽生えたものを行動に移すことができれば、いつの間にか市民活動へとつながっていく。
生真くんが思っている市民活動とは、そういったことだと話してくれたと思う。
これは、自分勝手な違和感やワクワクだったはずのものが、一歩踏み出すことで、誰かのためになったり、この世界に役立つことへと変わっていくということ。
そのとき、「自分の内側から湧き出たものは、自分だけのものではなかったんだ」と理解するに至る。
最初は、自分だけがワクワクしていて、誰にも理解してもらえないと思っていた。
でも、一歩踏み出してみると、
「実はぼくもそう思っていた」
「ぼくも共感するよ」
といったように、同じことを感じている人がいることに気づく。
あるいは、それが社会にとって意味のあることだと見えてくる。
そうして、個人的な感覚だったものが、市民活動へと変わっていく。
「つながっていたんだ」という気づき。
「仲間がいたんだ」という気づき。
これは、一歩踏み出さない限り、得られない感覚だと思う。
そう考えていくと。
一歩踏み出す前の人にとって、居場所のような空間や、場づくりが必要なのだろうか。
本当は、「ぼくもそう思うよ」と、ひとりの人間として関われるかどうかなんだと思う。
あなたの違和感のすべてではないかもしれないけれど、「ここは一緒だよ」と言い合える関係があるかどうか。
そのあとに、「じゃあ空間をつくろう」「場づくりをしよう」という話になっていくのだと思う。
まずは、「俺もそう思うよ」と言える、共感者に近い存在であること。
それが、生真くんの大きな力のように感じる。
生真くんの才能は、相手を許容しながら関われること。
何か大きな目的のために関わるのではなく、自分の真っすぐを生き、嘘のない自分で関わろうとしている。
だからこそ、相手もまた、真っすぐに関わりたいと思える。
その力が、「あなろまっち」にとっても大きな支えになっているのだと思う。
名刺に載せる言葉
「違和感やワクワクを行動につなぐ、最初の一歩が生まれる●●●。」
●●●に当てはまる言葉は、何がいいのか。
(お手伝い、伴走、共感者、応援者…)
(山科)
少し発想を変えると、
あなたの違和感、あなたのワクワクは
きっと、ぼくの中にもある。
という言葉はどうだろうか。
(小林)
「あなたの応援者でありたい、理解者でありたい」
というニュアンスは出したい。
違和感やワクワクは誰しもが持っているものだし、そこから行動に移すには、勇気やエネルギーが必要。
だからこそ、ぼくは一番近くにいる応援者でありたいと思う。
共感者や理解者という言葉もあるけれど。
一歩を一緒に踏み出すことまで考えると、理解するだけではなく、ともに動くイメージを持つ応援者がしっくりくる。
共感して終わるのではなく、そこから一歩踏み出すためには、背中を押す力が必要だから。
ぼく自身もそう。
サポートセンターとしてのあり方も、応援者でありたいと思っている。
▼完成した名刺はこちら


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