今日は親子論語塾の日。
先月の京都市内のバスは超満員の状態で、コロナ明けを実感していました。
今回も覚悟していたのですが、なぜか全然混んでなく、スムーズに会場に到着しました。
はしめの書は「游」(末っ子の書)。
この漢字が利用されている論語はこれ。
子曰わく、 道に志し、徳に拠り、仁に依り、芸に游ぶ
「道を外す」
「道から外れる」
そんな表現があるように、裏を返せば、もともと人間は「道」の上を歩いている。
まず、道に志す。
道を踏み外さないということだ。
そのために「徳」を中心に据える。
徳とは、人が生まれながらに備わっている「正しさ」。
※ちなみに、伊與田先生の解説では、徳とは、道(不変的なルール)を素直に受け入れ、それを実践したときに身体に残るもの。
そして、仁(思いやり)に寄り添う。
でもそれだけでは足りなくて、「芸に游ぶ」。
当時の芸とは、礼 (礼儀作法)、楽 (音楽)、射 (弓術)、御 (馬術)、書 (習字)、数 (算術)。
そういった芸に没頭して楽しむ時間を持つこと。
現代であれば、読書、音楽鑑賞、ランニングなどが当てはまるのかもしれない。
一張一弛(いっちょういっし)
礼記にある孔子の言葉。
たとえば、「その場所で真上に思いっきりジャンプしてください」と言われたら、どういった動作をするだろうか。
まずどうしたって一度膝を曲げて上体を沈めなければならない。
そこから一気に伸ばして真上にジャンプする。
これが一張一弛だ。
張りつめている状態だけではよくない。
弛める時間も必要になる。
その弛める時間を「芸」で補う。
末っ子はというと。
素読をしている途中に目の前にダンゴムシが散歩しているところを発見し、もう夢中になってダンゴムシと遊ぶ。
素読どころではない。
最後まで、ダンゴムシを手放さずに「かわいい、かわいい」と遊んでいた。
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