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真面目

2020年2月5日
読了時間: 2分

更新日:2020年2月20日

子どものころ、「真面目だね」とよく言われた。

その言葉は、決して誉め言葉ではなく、ちょっと嫌味を含んだ感じ。

 

振り返ると、子供の頃は真面目であるということは、恥ずかしいことだ。

そんな感情があったことも確かだ。

それでも、自分は真面目に授業を受け、先生の言うことに従った。

誰かに刃向かうような勇気は持ち合わせてなかったし、真面目であるほうが素の自分であるということはわかっていた。

 

大人になっても、「その仕事は、そんなに真面目にしなくてもいいから」と言われたことがある。

その時に、「あ、世の中はそういうものなのか」と思う反面、自分をごまかすのが嫌だと思う感情も生まれた。


仕事って何だろう?

とおもうこともあった。

 


時間は一定のようで実は歪んでいるという話を聞いたことがある。

大きく歪む理由のひとつが、心に不安がある状態、または、思いと行動が一致してない状態のときだそうだ。


考えてみると確かにそうだ。

不安や心配なことがあるときは、時の流れるのがすごく遅く感じる。

プールの授業が、なんとも長く感じたことか。

結局、それはつまり、思いと行動がずれているときだ。

やりたくないと思っていることをしているときは、時間の流れがおそく感じる。

 


十の仕事を情熱を傾けて、十二の力で真面目に事にあたると、時間の流れは変わる。

時を味方につける方法のひとつが、真面目なのかもしれない。

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