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一時一事

自分が現在なさなければならぬ事以外のことは、すべてこれを振り捨てるということと、なすべきことに着手するということは、元来、一つの事の両面とも言うべきであって、この点は、おそらくわれわれが仕事をし果たす上で、一番の秘訣かと思うのです。


一時一事で大切になるのは、心が満たされ、準備が整い、まさに「エイッ」と始めるまでの時間だ。


その心が満たされるまでの時間を、自然に満ちてくるのを待つか、自ら能動的に満たしていくのか、そのバランスを常に考えている。

 

個人的には、自然に満ちてくるのを待つことが好きだ。

ただ、そのことで、時間を使い、少しばかりスピード感は遅くなる場合もある。


できれば自然に満ちることをしたい。

自然に満ちるには、つまり、日々の生活がすごく大切になってくる。

 

何に興味を持ち、何を学び、何に情熱を注ぐのか。

その日々の心構えこそ、一時一事、つまり一気阿世につながる。

 

ただ、半歩先のチャレンジ、つまり能動的に心を満たし、飛び込み台に立つ準備。

これはどうだろうか。

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