top of page

師と尚友

師を求める。

 

20代までは、アイスホッケーを通して世界のことを教えてくれる師がいた。

30代は、新しい時代に向けたいろんな考えを教えてくれる師がいた。

40代になり、改めて父が師だと気づいた。

 

多くの困難はあれども、自らの役割に全力で向き合う父の姿は、言葉ではない大切なことを教えてくれる。

 

今。

父が社長で、父のもとで働いているということは、今共に働く社員こそ、尚友なのだ。

そう、社員を尚友だと思い定めた瞬間、目の前に広がる景色が変わった。

 

感謝しかない。

最新記事

すべて表示
不滅の火は、誰のものか

修身を学ぶ会富山 第3講 古人に学ぶ 森先生の言葉に触れると、自然に心が熱くなる。 われわれがこの二度とない人生を、真に徹底して生き抜こうとすると、何よりもまず古人に学ぶ処がなければならない。 偉人とは、永い生涯を、真に生命がけで徹底的に生き抜いた人々だ。...

 
 
 
言葉の奥にある重みにたどり着く。

修身を学ぶ会富山 第7講 大志を抱け 「立派な先生になる」など、ていのよい逃げ言葉だ。 今回は、この言葉に心が動いた。 便利な道具が目の前にあると、どうしてもそれに頼ってしまうものだ。 そのひとつに、AIがある。 言葉にできそうで、できないこと。...

 
 
 
意図せず世代を超える

修身を学ぶ会富山 修身教授禄続 第2講 立志 「死後に生きる」というテーマに対して、すごく共感していた時期があるのだが、一度躊躇した時がある。 「人生二度なしという覚悟で生きているが、死後に何かを残す生き方は選びたくない」 そんな声を聴いた時だ。...

 
 
 

Comments


bottom of page