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ちょっとした責任と反省

第13講 伝記を読む時期




伝記を読む時期は3つある。


1,20歳前の立志期

 将来どんな人物になりたいのか。志を抱くために広く偉人を知る。


2,40歳前の発願期

 本気で自分の仕事に向き合う前に、身近な人物の伝記を参考にする。

 同じ郷土、同じ職種、同じ志ある人物の伝記。

 特に同じ郷土に生まれ育った人物から何を学べるかは重要だろう。

 

3,60歳前後

 一度きりの人生の最期をどう迎えるか。その不安と次世代への希望を見据え、偉人の伝記を読む。


この3つの時期は、ど真ん中エディットワークで紹介している人生の一生のステージの変化にぴったりと当てはまる。

人生のテーマが変わるタイミングで、偉人の生き様に出逢うこと。

これは、一度きりの人生の中では味わいきれない指針に触れることになるのだろう。



どのように生まれ、どのように生き、どのように死んでいったのか。

伝記は、おおよそ、この3つが書かれてあることになる。


修身教授録の別の講で、

「師が亡くなった時、弟子ができることは何か。それは、師の生き様を本にすることである。」

と書かれてあったことを思い出した。

この言葉の深い意味が少しだけ理解できたように感じる。


伝記を読む3つの時期を考えた場合、40歳前に読む伝記は、身近な人物の伝記が参考になるという。

これはとてもよく理解できる。

にも関わらず、身近な人物の伝記は、世の中にあるだろうか?

もしあるとしても、本当に少ないのではないか。

 

本人が本として残せる内容は、およそ60歳前後までの人生の出来事や気づきなのではないか。

しかし、伝記となると、どう生き、どう死んだか、という完結までの物語こそ、意味があるはずだ。

そう考えると、自分が自分の伝記は書けないのである。

 

また、いかに弟子などが師の本を執筆したとしても、師の幼少の頃の心までは理解できないはずだ。

幼少の頃、両親のことをどう思っていたのか。

世の中をどう感じていたのか。

その想いが大人になり、どう変化し、どう影響したのか。

ここは、他者には分からない分野なはずだ。


そう考えると、、。

これだけ大量の情報が溢れている時代にも関わらず、ひとりの人間が志を抱き、40歳ぐらいから本気で仕事に没頭しようとしたときに、参考にすべき人物の伝記が世の中にほとんど残ってないという事実に気づく。


これは、どうにかならないのだろうか。

自費出版もぼくの仕事のひとつである。

 

そう考えると、少し責任を感じる。


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