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気品とペインボディ

修身を学ぶ会富山

第8講 気品


約1年ほど毎朝5時からの音読会に参加させてもらっている。

メインは、エックハルト・トール著の「ニューアース」だ。


さて、「気品」とは、一代で身につくものではなく、子孫に伝えていくものだとある。

この「気品」に半ばあこがれに近い感情を抱いていた時期がある。

(今もある)


それは、言葉を超えて伝え残せることだったり、

自らも親から気品となる力を渡されているという想いだったり、

表面的な力ではなく、言語を超えた力へのあこがれだったり。



ただ、エックハルト・トールの本には、気品に似てはいるが、逆のネガティブな要素の伝搬があることを記してくれている。

ペインボディだ。


人類が進化していく過程で、世代を超えて繋ぎ、DNAに残り続けてきた傷ついた心、傷から自己を守るための思考癖、パターン。シャドーの存在だ。

それが、あたかも実体があるかのように、自分をコントロールしてくる。



過去から未来に流れているネガティブなエネルギーやポジティブなエネルギーがあることを理解しつつ、「慎独」、つまり、今にあることを大切に生きる。

これは、東西問わず語られているテーマのように思う。


もうひとつ大切なのは、「気品」にせよ、「ペインボディ」にせよ、それが自分だと勘違いしてはならないということではないか。


気品があることで奢らない、ペインボディが自分だと卑屈になる必要がない。

これはすごく難しいことだとおもうだけど、とても大切なことだと思う。



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