まだ続く、星の王子さま
- yamashina shigeru
- 8月1日
- 読了時間: 5分
更新日:3 日前
今年、真国寺のソースが受け渡されることを知っていた。
講座の間、感じていた、あの説明のつかない違和感。
今思えば、それが理由だったのかもしれない。
これは、あとになって気づいたことである。
久しぶりに真国寺で開催されたAha-エンパワーメント講座「星の王子さま ― Seeing with the Heart」に参加させていただいた。
実はここ最近、不思議なことに『星の王子さま』が我が家に集まってきていた。
偶然とは思えないタイミングで今回の講座のテーマも『星の王子さま』だったことに、何かの縁のようなものを感じていた。

今回、ぼくの心に最も残ったのは講座の内容ではなかった。
なぜか、住職が気になって仕方がなかった。
最初は「老い」のようなものを感じたのかと思った。
しかし、それとも違う。
あれは、一つの時代が静かに次の世代へ受け渡される空気だったのかもしれない。
それはぼくだけが感じた可能性がある。
会場を見渡しても、そんな空気を受け取っている様子は感じられなかった。
これはぼく自身の関心や、その時の心の状態と強く共鳴した出来事だったのだと思う。
今回のテーマは、
「大切なものは目に見えない」
「自分軸と他人軸」
「子ども元型」
内容としては決して難しい話ではなかった。
なのに、なぜか素直に受け取れなかったのだ。
禅寺の住職が「大切なものは目に見えない」と語ることは、ごく自然なことであり、あまりにも当たり前のことを改めて語られているように感じ、不思議と素直に受け取ることができなかった。
もちろん、そのメッセージの大切さは理解している。
それなのに、なぜか心は別のところへ向いていた。
振り返ってみると、ぼくは講座の内容ではなく、講座を語る住職そのものを見ていたのだと思う。
長年ソースとして場を支え続けてきた人が、静かに次の世代へ役割を手渡していく。
その姿が、言葉以上にぼくの心へ届いていた。
これは、ぼくとぼくの両親との関係にもつながっているのかもしれない。
だから、講座の内容よりも、その場に流れていた空気の方が、ずっと印象に残ったのだ。
この講座は「アハ・エンパワーメント講座」。
アハ体験を通して、「成長とは変わること」であり、「変わることに年齢は関係ない」ということを体感する講座である。
自分が変わることで、目の前の景色の受け取り方が変わり、世界が変わる。
その話を聞きながら、ぼくが住職から感じていたのは、「変わる力」ではなく、「変わらない力」だった。
役割は変わる。
立場も変わる。
時代も変わる。
それでも、その人からにじみ出る何かは変わらない。
その変わらないものを「自分軸」と呼ぶのだろうか。
しかし、その自分軸もまた、多くの人との出会いや関わりの中で育まれてきたものではないだろうか。
他者から影響を受け、支えられ、ときには揺さぶられながら、自分というものは少しずつ形づくられていく。
そう考えると、自分軸と他人軸は対立するものではなく、互いを映し合い、育て合う関係なのかもしれない。
講座の中で、住職は若い頃の思い出を語ってくださった。
お盆になると多くの参拝者が訪れ、境内では風船を配り、アイスクリームも販売していたという。
そのアイスクリームを納品に来ていた一人の男性。
その働く姿と眼差しが、今でも忘れられない。
その眼差しを思い出すたびに、自分の中から力が湧いてくる。
そんな自分軸をもって働く人のお話だった。
自分軸を持って生きる人は、誰かに影響を与えている。
なぜなら、そこにコントロールがなく、意図ながく、自由を手渡しているからだろう。
そして、その姿は誰かの軸を育てることにもつながっていく。
だからこそ、自分軸と他人軸は決して切り離せるものではない。
そもそも、「自分」というものは、本当にあるのだろうか。
講座では「自分軸で生きること」と「他人軸で生きること」が対比されて紹介されていた。
確かに分かりやすい。
しかし現実には、自分と他人の境界はそれほど明確ではなく、互いに影響し合いながら生きているように思える。
講座で紹介された二人の人生は、他人軸に流されていたことに気づき、自分軸へと立ち返る物語だった。
しかし、ぼくには別の見方も浮かんだ。
二人とも最初は、目の前の仕事にひたすら没頭していたのだ。
人一倍没頭していくと、自分と他人との境界は薄れていく。
「自分」という意識さえ小さくなっていたのではないだろうか。
その状態をふと客観視したとき、新しい自分軸が生まれたのではないか。
人は他者との関わりの中で変わり、その関わりの中で自分を見つけ直していく。
自分軸もまた、他人との関係の中から育まれるものなのではないだろうか。
結局、この日ぼくが受け取ったのは、『星の王子さま』のメッセージそのものではなかった。
住職自身が、長年ソースとして立ち続けた場を、静かに次の世代へ託そうとしている。
その姿から漂う、目には見えない空気だった。
きっと住職は、いつもどおり、何一つ変わらない平常心で講座をされていたのだと思う。
だからこそ、この違和感は住職が発したものではなく、ぼく自身の内側が何かに共鳴した結果なのだろう。
それが何なのか。
まだ答えは見つからない。
いつか、この日感じた空気と、『星の王子さま』が伝えようとしていたことが、一つにつながる日が来るのかもしれない。
その日を楽しみに待ってみたいと思う。




山科さん
素敵な気づきを共有ありがとうございます。僕も感じていますがフェーズの移行期は、足音もなく静かに来るのかもしれないですね。
今年も偉大なるサポート、ありがとうございました🙏