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オリジナルの道

2021年11月9日
読了時間: 2分

更新日:2021年11月10日

第6講 意地と凝り性



自分の性分は何だろうと考えてみた。


人と競うことが嫌いだ。

一番苦手なのは、一番になること。

にもかかわらず、二番、三番ぐらいが心地いい。

負けたくはないんだけど、一番にはなりたくない。

ちょっとややこしい性分です。


常に誰かの背中の後ろにいる。にも関わらず、承認欲求が高い。目立ちたい。

自分が心地よく一番力を発揮できるポジションがあることは理解しています。

無意識に、そして、意識的に、そのポジションを選択してきたように思います。


ファミレスで間違った注文が来たり、注文が来るのが遅かったり、、そんなときも、店員に声をかけられない。

誰かがルールを決めてくれるのを待ち、決まったルールをよりよくすることが好き。

自分の行末の決断を流れにゆだねたがる。委ねた結果、よくなる方法を探すのが好き。


これは今も変わらない。

大体、妻と喧嘩するときって、この性分がきっかけです。



今回の大きな気づきは、この性分があるからこそ、今の自分の思考が生まれたんだと理解することができた。


1番とか2番などのない、ピラミッド型ではないフラットに近い組織。

誰もが自分の能力をフルに発揮できる個別の場所があること。

人と比較される必要のないオリジナルの道や答えを寛容に認めてくれる環境。


この性分のおかげで、ど真ん中エディットワークが生まれたんだな。

つまり、ど真ん中エディットワークは自分の生き方を肯定し、自分を助けるために生まれたといっても過言ではない。


これは大きな気づきだ。

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