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ジョイボーイ

ヤマト人への手紙

赤塚 高志

山元 加津子 著




気ままに、そして、最近のAIにもお世話になって感想を残したいと思う。

かっこちゃん(山元加津子さん)のあとがきに少しだけ心が優しくなれました。

ところどころに、ふっと丸い文書が突然現れるのが不思議だなとおもっていたのだけど、

きっとかっこちゃんの計らいですね。

 

今回、頭に浮かんだのは、ジョイボーイ

このイラストは、ジョイボーイではなく、ルフィーがニカの力を覚醒させたときの絵。

息子のイラスト。




本書を読み終えて思い出した感覚。

思い出したというより、ずっと気になっている感覚だ。


たぶん、幼稚園ぐらいのころから?


この世界を大切にしたい。

社会に貢献したい。


これは誰かに教わったわけではない。

気づいたときには、すでにそこにあった感覚だ。


けれど同時に、ずっと疑問でもあった。


なぜ、自分はそう思うのか。

なぜ、社会に貢献したいのか。


理由を探しても、見つからない。

今の自分の源流をずっと遡っていくと、必ずこの疑問にぶつかり、ここから先に遡れなくなる。



ここで思い出したのが、エックハルト・トールの語る「ペインボディ」という概念だ。


ペインボディとは、過去の感情の蓄積。

怒りや悲しみ、不安といった、感じきれなかった感情のエネルギーが身体に残り続けるもの。

世代を超えて受け継がれていく。


では逆に、根拠のない「この世界を大切にしたい」という衝動は、どこから来るのだろうか。

生物として、人間の生き残り戦略として手に入れた感覚なのかもしれないが、それだけじゃないと感じる。


ここで仮に、ペインボディの対義として、勝手に「ジョイボディ」とする。


ペインボディがネガティブな感情の蓄積だとするなら、ジョイボディはポジティブな感情の蓄積とも言えるかもしれない。


しかし、ネガティブかポジティブかは、本当に本質的な違いなのだろうか。

単なる主観の問題なのではないか。

ペインボディもジョイボディも、どちらも同じ「エネルギーの蓄積」であり、それをどう受け取るかによって、苦しみになるか、喜びになるかが分かれているだけなのかもしれない。



もうひとつの視点。

それは、時間軸からの捉え方だ。


ペインボディは、過去の蓄積。

では、ジョイボディは何か。

それは、「未来からの贈り物」と捉えることもできるのではないか。


まだ起きていないけれど、すでにどこかに存在している可能性や在り方が、ふとした瞬間に、いまの自分に流れ込んでくる。


根拠のないやさしさ。


それは過去から説明されるものではなく、むしろ未来から届いているものだとしたら。

そう考えると、自分の中に最初からあったこの衝動も、何かの結果ではなく、これから生きようとしている先にあるものかもしれない。



日本。


日本は、世界でも稀に見る、単一の国家として長い歴史を持つ国だと言われている。

その中心にあり続けてきたのが、天皇という存在だ。


この連続性は、単なる制度ではなく、人々の中に積み重なってきた感覚や祈り、在り方の蓄積とも言えるのではないか。


もしペインボディ(またはエネルギー)が、過去の感情の蓄積だとするなら。

日本という存在は、苦しみだけでなく、大切にしたいという想い、調和を願う心、美しく在ろうとする意識といった、さまざまな「在り方」の蓄積でもあるはずだ。


それは、ある意味でペインボディでもあり、ジョイボディでもある。

そして、その中心に立ち続けてきた天皇の在り方。

それに触れたとき、人は感動する。



これは、他の国が簡単に真似できるものではないのかもしれない。

この視点に立った時、真逆とも言える歴史と宗教をもつイスラエルという国、ユダヤ人の中に蓄積されたエネルギーと、ヤマト人のもつエネルギーに共通点があるのかもしれない。



はじまりの問い。


大切にしたい。

社会に貢献したい。


この感覚は、確かにある。

理由はわからない。

どこから来たのかも説明できない。


子どものころ、その感覚を大事に生きようとしたことがある。

しかし、友の目、周りの目が気になり、その気持ちを閉ざして生きてきた時期がある。


ペインボディにも、ジョイボディにも、囚われない地。

それを言葉にするなら、「愛」なのかもしれない。



抑圧された世界をひっくり返す“解放”の象徴

人々に「本来の自由な在り方」を思い出させる存在

「喜びとして在ること」そのものを体現している

ワンピースのジョイボーイというキャラクターが、頭に浮かんだ。



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