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人生を深く生きる

人生を深く生きるとは、自分の悩みや苦しみの意味を深く噛みしめることからはじまる。

 

ぼくは、苦しみをすばやくプラスにとらえ、心に落とし込むようにしている。

しかし、単に自分だけが平穏な気持ちを取り戻しただけで満足せず、自分以外、特にその悩みの根っこがつながっている近い人への配慮、心を慮ることがとても苦手だ。

 

そして、いつのまにか自分勝手な生き方をしている。

 

自分自身の志は如何なるものなのか、それを考えすすめようとすると、結局、根っこがつながっている近い人と苦しみを共有することになる。

 

これこそ、自分の人生の課題だ。

 

逃げることはできない。

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