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人間の一生

修身を学ぶ会富山

「三十年」


「自分はこう思っている」

自分の想いを人の前で発言できるようになったのは20歳ぐらいだ。

その時の大きな転機は今でも覚えている。

これはぼくの人生に中で、すごく大きな変化だった。

それは自分を表現することを許された瞬間だった。


では、そこから真実に徹して生きることができたかと言えばそうではない。

新しい仕事、結婚、子どもたち。

その中で、常に自分の至らなさを味わう修行の10年が続く。


それから大阪に移り、富山と大阪の二拠点生活が始まった。


自分の中で、真実に徹して生きることができはじめたのは、35歳ぐらいから徐々に醸成していき、40歳前後から立つことができるようになったように思う。


そこから三十年。


本気で仕事に没頭できる時間は限られている。

65歳になる頃には、ちょうど末っ子も成人するころだ。


今、充実して生きることができる幸せを噛みしめたい。



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