top of page

余韻を残す

第3講 人生二度なし


「人生二度なし」

と、言葉を投げかけられ、この言葉がいかほど身に染みているかを考えた時、常に意識しているつもりでいても、まだまだできていない自分を自覚する。


人生二度なしという言葉からは、今生きているこの瞬間を大切に充実したものにしようと思えるが、それだけでは足りない。

最初からそのものの全体の相を見通してかかる必要があるということ。

そして、肉体だけではなく精神をも十分に生きるということは、死後に余韻を残せるかどうかだと。

見通すことと、余韻を残すこと。

この二つを考えた時、血のつながる子どもだけのことをおもえばそうだが、それが血のつながりのない友や仲間、さらには、自分の住んでいる土地にまで視野を広げ、全体を見通し、かつ、余韻を残すほどの生き様を考えているかどうか。

 

自分の器について省みることができた。

果たして自分はどうだろうか。

最新記事

すべて表示
諦める人生

修身を学ぶ会富山 第12講 「感想」を読んで 「自分の人生を真実に生きる」と本気で考える人は、一体どれくらいいるのだろうか。 これまでの人生を振り返ると、ぼくは何度も自分の人生をあきらめてきたように思う。 中学時代、落合信彦氏の本に出会い、夢中になって読み漁った。 本の中には、自分の足で世界を歩き、自らの人生を切り拓いていく生き方が描かれていた。ぼくはその生き方に強く共感した。 しかし、自分の進路

 
 
 
人生の深さ

修身を学ぶ会富山 第14講 人生の深さ 人生を深く生きる人は、身近に誰がいるだろうか。 そう考えたとき、真っ先に妻と子どもたちの顔が浮かんだ。 妻も4人の子どもたちも、誰かと比較することはできない。 一人ひとりが見ている世界も、感じていることも、向き合っている方向も違う。 それでも、それぞれが人生を深く生きていると感じる。 「世の中に繊細であること」 これは一見すると、生きづらさの象徴であり、世の

 
 
 
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 

コメント


bottom of page