きみのお金は誰のため
田内学 著
読了

印象に残ったのは2つのテーマ
1,概念に振り回されていること。
いま、仲間たちとソース原理について1年以上時間をかけて学んでいる。
自分の内なる声に耳を傾け、ある実現したいビジョンがあるなら、リスクを背負って一歩前に進む。それがソースになる人間だ。
すると、ソースのビジョンに共感した人が集まってきて、役割が生まれ、組織のようになっていく。
このソースとソースを応援しようとする仲間との関係性は、人類が誕生してから自然に行っていること。
「海の向こうに何があるんだろうか」
そんなシンプルな内なる声に従い創造の旅を繰り返してきた。
何か、人と組織について語ろうとするとき、いろんな力関係だったり、主従関係だったり、給料だったりが、くっついてきて、役職名とか、役職の役割とか、組織論とか、仕組みとか、いっぱい増えてきてるけど。
実は、すごくシンプルな人間の欲求なんじゃないか。
ソース原理は、そこを問い直しながら、今の社会に適応したカタチを提案しているように思う。
人類がもつ、物語を創造する力と、誰かの物語に貢献する力を、活かしあう世界に向けて。
そして、このはじまりは、むちゃくちゃシンプルだったのが、たくさんの概念が張り付いて、よくわからなくなっていく。
組織って、すごく勉強した人じゃないとわからないことになってしまう。
でも本当にそうだろうか。
お金も同じだなっていう印象を受けた。
本を知る。
お金の歴史、成り立ち、本当の意味。
ここに思いを馳せることはとても大事なことだ。
2,僕たちとはどこまでか、僕たちを広げていく。
本書の大きなテーマだと思う。
ど真ん中エディットワークの後半でも、同様なテーマを扱うことになる。
私の物語から、私たちの物語へ広げていくにはどうすべきか。
ただ、そもそもの「私たち」の世界が狭い状態だと、どうしたって広がっていかない。
家族までが、私たちだと思う人。
自分の住んでいる町に共に住む人たちまでを、私たちと呼ぶ。
日本全体を、私たちと呼ぶ。
「私たち」とはどこまでなのか。
働くとは、はたを楽にすること。
そんなふうに言われることもある。
じゃあ、あなたにとっての「端(はた)」とは、どこまでなのか。
実は、この問いこそ最も重要なのだと思う。
ある人は、「私にとっての端は、宇宙だ」と答えられた方がいた。
だから、宇宙を楽にしたいと。
自分の思う「私たち」の境界線と、現実的な人との関係性の中の「私たち」を、矛盾なく生きていこうとすると、共有のビジョンが必要になるのだろう。
すると、150人の法則が影響するのではないか。
ただ、忘れてはいけないことは、自分がどう思うかに関係なく、生命は常にインタラクティブであり、繋がっているということ。
そして、お金の役割のひとつは、この繋がっているということを学ぶために存在している。
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