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具体と抽象

第27講 成形の功徳



この講を読んで2つのことが頭に浮かんだ。


ひとつは、人間の肉体がある理由だ。


隔たった考えかもしれないが、ある視点から考えると、世の中に存在する多くの悩みは、肉体が存在しているからなのではないか。

衣食住、貧困、容姿、食料問題、環境問題、お金の問題。

 

別の講で森先生は、本当の意味で世のため人のためになる活動は、肉体が朽ちてから、その人が残した思想によって人を導くことができることだと言われていた。


では、肉体は不要なのか。


この世に生をいただき、肉体があること、有形だということ、有限だということ。

質量があること。

その意味について考えていきたい。

決して肉体はいらないとは思わないし、むしろ尊いことであると理解している。

そこから学ぶことはすごく大きいのではないか。



もうひとつ。

「具体」と「抽象」を行き来することだ。


思考を深めていくためには「具体」と「抽象」を行き来することが大切だと聞いたことがある。

最近、この意味がようやく理解できてきた。


しかし、現代は、どうしても物事を具体的に考えていくことに重要視される。

そこから一度抽象度を上げる思考が苦手な人が多いように感じる。


ど真ん中エディットワークの「ME」から「WE」、そして「NOW」に思考を広げるときのワーク。

今なすべき実践は何か、という問いに対しては、多くの方は考えることができる。

具体的な手段の話だからだ。


しかし、そこから一歩離れて、

「あなた、もしくは、あなたの仕事は、20代までの子供たちにとって、どんな存在か。」

「あなた、もしくは、あなたの仕事は、40代までの若者たちにとって、どんな存在か。」

といった抽象度をあげて考えてもらうのだが、この問いの意味は理解してもらえても、答えを導きだせない場合が多い。


だからといって、僕の中では、このテーマで抽象度をあげて考える意味はすごくあると思っている。

一度抽象度を上げることで、視野が広がり、これまで想像しなかった方法や発想を思いつくことができるからだ。

また、点の視点を面や立体の視点で見ることができることで、いろんなことが関係していることに気づくことができる。


工夫はしていきたいと思うが、「具体」と「抽象」を行き来させる思考は大切にしていきたい。

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