top of page

変化の兆し

2021年9月15日
読了時間: 1分

第18講 人を植える道



親は、我が子の教育者になれるのだろうか?


そんな疑問が湧いてきた。


親の立場と教育者の立場は、違うように思う。

であるならば、親が見せてあげられることは、どこまでなんだろうか。



仕事柄もそうだが、僕自身がそれなりの年齢に達し、仕事や相談相手が自分より年下であることが、とても増えてきた。

教育者という立場ではないが、目の前の人にどれほどの気持ちで向き合えているのだろうか。


ど真ん中名刺のエディットワークや打ち合わせでは、まさに、10年先20年先の姿を思い浮かべながら作ることを心掛けている。

つまり、「ど真ん中名刺では」。

この「では」を使っているということは、すべてに関してそうでないということだ。

それは自覚するところだ。


何か自分自身の変化の兆しを感じることができた。

最新記事

すべて表示
知行合一

修身を学ぶ会富山 第13講 鴎外の一言 優れた人物とは、誰に話すわけでもなく、自分にとってかけがえのない「ルール」を持っているのだろう。 しかも、想像するに、そのルールは、本人にとっては「当たり前」になっているはずだ。 つまり、ルールがその人の血となり、肉となっている。 それが、他人からすると特別なことであることにも、本人は気づかないほどに。 さらに言えば、その人を支えている「ルール」は、意外にも

 
 
 
諦める人生

修身を学ぶ会富山 第12講 「感想」を読んで 「自分の人生を真実に生きる」と本気で考える人は、一体どれくらいいるのだろうか。 これまでの人生を振り返ると、ぼくは何度も自分の人生をあきらめてきたように思う。 中学時代、落合信彦氏の本に出会い、夢中になって読み漁った。 本の中には、自分の足で世界を歩き、自らの人生を切り拓いていく生き方が描かれていた。ぼくはその生き方に強く共感した。 しかし、自分の進路

 
 
 

コメント


bottom of page